「セム、ハム、ヤぺテ」についての考察
また、書いてある順が生まれた順とも限らない。アブラハムは前後の記述から三人の中では末の子である。また、ノアの家庭でもハムは末の子である。3人名前が書かれる時、それは重要順である。例えば、モーセとアロンとミリアム、ペテロとヨハネとヤコブのようにである。聖書を読むとき、自分の概念で読み込むと誤解が生じる場合がある。文脈を理解の手がかりとして読む習慣を身につければ、読むから理解に進める。
(一部引用終わり)
「ノアの家庭でもハムは末の子である。3人名前が書かれる時、それは重要順である。」
創世記や歴代誌の記述では、常に「セム、ハム、ヤぺテ」の順番で記されている。
5:32
ノアは五百歳になって、セム、ハム、ヤペテを生んだ。
6:9-10
9 ノアの系図は次のとおりである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。
10 ノアはセム、ハム、ヤペテの三人の子を生んだ。
7:13
その同じ日に、ノアと、ノアの子セム、ハム、ヤペテと、ノアの妻と、その子らの三人の妻とは共に箱舟にはいった。
9:18
箱舟から出たノアの子らはセム、ハム、ヤペテであった。ハムはカナンの父である。
10:1;2;6;21-22
1 ノアの子セム、ハム、ヤペテの系図は次のとおりである。洪水の後、彼らに子が生れた。
2 ヤペテの子孫はゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メセク、テラスであった。
6 ハムの子孫はクシ、ミツライム、プテ、カナンであった。
21 セムにも子が生れた。セムはエベルのすべての子孫の先祖であって、ヤペテの兄であった。
22 セムの子孫はエラム、アシュル、アルパクサデ、ルデ、アラムであった。
歴上1:1-4
1 アダム、セツ、エノス、
2 ケナン、マハラレル、ヤレド、
3 エノク、メトセラ、ラメク、
4 ノア、セム、ハム、ヤペテ。
「ハムが三人兄弟の末の子である」という説は、創世記9:24の記述による。
創世記9:18-27
18 箱舟から出たノアの子らはセム、ハム、ヤペテであった。ハムはカナンの父である。
19 この三人はノアの子らで、全地の民は彼らから出て、広がったのである。
20 さてノアは農夫となり、ぶどう畑をつくり始めたが、
21 彼はぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。
22 カナンの父ハムは父の裸を見て、外にいるふたりの兄弟に告げた。
23 セムとヤペテとは着物を取って、肩にかけ、うしろ向きに歩み寄って、父の裸をおおい、顔をそむけて父の裸を見なかった。
24 やがてノアは酔いがさめて、末の子が彼にした事を知ったとき、
25 彼は言った、「カナンはのろわれよ。彼はしもべのしもべとなって、その兄弟たちに仕える」。
26 また言った、「セムの神、主はほむべきかな、カナンはそのしもべとなれ。
27 神はヤペテを大いならしめ、セムの天幕に彼を住まわせられるように。カナンはそのしもべとなれ」。
聖書は「酔って天幕の中で裸になった父親を見、それを兄弟たちに告げた」ハムの行為によって、おそらく生まれたばかりかまだ子供であったはずの息子カナンがなぜ呪われなければいけなかったか、その理由を明らかにしていない。祖父ノアが泥酔して裸になったことやそれを見た父親ハムの行為の責任を、なぜ息子カナンが負わなければならなかったのだろうか。
いずれにせよ、ノアは酔いから醒めた時、セムとヤペテのことを祝福し、ハムの子カナンのことを呪った。しかしもし本当に「セム、ハム、ヤペテ」の名前の序列が「重要順」であるならば、なぜ「セム、ヤペテ、ハム」とならなかったのだろうか。セムと一緒に称賛に値する行為をしたはずヤペテが、その息子が呪われるほどの行為をしたハムよりも「重要でない」と評価される基準とは一体何であろうか。
ただ9:24の「末の子」と訳されている原語は、相対最上級の「最も小さい」とも、比較級として「より小さい」とも訳せる言葉であり、KJVなどは他の多くのバージョンが「youngest son」と訳しているのに対して「younger son」と訳している。文語訳は「若き子」としている。
もう一つの説は「年少の息子」として解釈しているが、それを呪いの対象として言及されているカナンと考える見解もある。10:6にあるようにカナンが「末の子」として記録されているからである(ただ村上牧師の見解との一貫性を求めるなら、この場合も年齢順ではなく、「重要順」である可能性も否定できないはずである。)しかし原文ではノアを主語とした文節において「彼の小さい息子」としているので、ノアの息子ハムのことを指しているはずである。
興味深い詳細がある。23節ではセムとヤペテが父親の天幕の中で共に行動しているのだが、「(着物を)取る」と「(肩に)かける」という二つの動詞が単数形であることである。
9:23
セムとヤペテとは着物を取って、肩にかけ、うしろ向きに歩み寄って、父の裸をおおい、顔をそむけて父の裸を見なかった。
つまりセムが着物を取り、 自分の肩にかけ、ヤペテと共に後ろ向きに歩み寄って、一緒に父ノアの裸を覆い(複数形)、二人共父親の裸を見なかったことになる。要するにセムが率先して正しい行動を起こし、ヤペテがそれに従ったというイメージだろう。
ノアが「神はヤペテを大いならしめ、セムの天幕に彼を住まわせられるように。」と祝福したのは、セムのイニシアチブに従ったその行動に見合ったものだと言える。
霊的な適用するならば、これは父の栄光のために今も働いておられる長子なる御子イエスと、聖霊によってその導きに従う私たち信仰者との関係を示している。
マタイ11:29
わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。
ヨハネ13:13-15
13 あなたがたはわたしを教師、また主と呼んでいる。そう言うのは正しい。わたしはそのとおりである。
14 しかし、主であり、また教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである。
15 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしは手本を示したのだ。
ヨハネ15:14-15
14 あなたがたにわたしが命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。
15 わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼んだ。わたしの父から聞いたことを皆、あなたがたに知らせたからである。
へブル2:11-12
11 実に、きよめるかたも、きよめられる者たちも、皆ひとりのかたから出ている。それゆえに主は、彼らを兄弟と呼ぶことを恥とされない。
12 すなわち、「わたしは、御名をわたしの兄弟たちに告げ知らせ、教会の中で、あなたをほめ歌おう」と言い、
Ⅰペテロ2:21
あなたがたは、実に、そうするようにと召されたのである。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。