完全な賜物
ヤコブ1:17
口語訳
あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る。父には、変化とか回転の影とかいうものはない。
文語訳
凡ての善き賜物と凡ての全き賜物とは、上より、もろもろの光の父より降るなり。父は變ることなく、また回轉の影もなき者なり。
新改訳
すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません。
新共同訳
良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです。御父には、移り変わりも、天体の動きにつれて生ずる陰もありません。
神の恵みの賜物は、完全であり、欠けたところや疑わしいところなど全くない。その完全性の根拠として、ヤコブは父なる神自身を提示している。父なる神が完全であるから、彼から与えられる賜物も完全である、と主張しているのである。
興味深いのは、その父なる神を「光の父」「光を造られた父」「光の源」と啓示していることである。月は太陽の光によって照らされ、天体の動きに従って、その見える様は著しく変化する。しかし光そのものは移り変わりはなく、影をもたない。その光の源が、父なる神であると言っているのである。
詩篇36:9
いのちの泉はあなたのもとにあり、われらはあなたの光によって光を見る。
へブル1:13
御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の真の姿であって、その力ある言葉をもって万物を保っておられる。そして罪のきよめのわざをなし終えてから、いと高き所にいます大能者の右に、座につかれたのである。
奇蹟や特別な能力、特殊な必要を満たされた経験などに感謝することは、信仰者にとって「当たり前」のことだろう。しかしそれ以上に、「神の完全な賜物」「絶対に変わることのない天からの賜物」としての御子イエス・キリストを啓示してくださった父なる神に感謝と賛美を捧げよう。