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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

教会について

聖書による検証 教会

 「教会」について歪んだ考えを持っている人は少なくない。神を礼拝する人間と神を礼拝する行為という二つの要素に、礼拝する場所である建造物を加えてしまうのである。しかも、それがまるで不可欠な要素であるかのような考え方に縛られてしまっているのである。私はある伝道師が、その地域で一見いい働きをしていながらも、「伝道所から教会へ成長させる」、つまり「銀行から金を借りてでも、土地を買って会堂を建てる」という目標を掲げてガンバっているのを間近で見ことがある。目標を定め、努力すること自体は評価されるべきことだが、「会堂を建てなければ教会を建て上げたとは言えない」という前提の裏に、誰かに対するつまらないライバル意識やコンプレックス、人に評価されたいという欲が見え隠れしていて苦笑したものだった。この誤った教会論を土台にして、「信仰によるビジョン」という掛け声のもとに、必要以上の献金が求められ、やっと立派な建造物のなかで礼拝するようになっても、しばらくすると心はカラカラに渇いていて、牧師や兄弟の交わりは猜疑心と不満に蝕まれている、というケースは少なくないのではないだろうか。

 一体新約聖書のどの聖句を読めば、そのような「ビジョン」が与えられるだろうか。使徒行伝における聖徒たちは、建造物の必要性を語っていただろうか。実行していただろうか。彼らが集まっていたところはその地域で有名な白亜の建物だったのだろうか。

使徒19:8-10

8 それから、パウロは会堂にはいって、三か月のあいだ、大胆に神の国について論じ、また勧めをした。 

9 ところが、ある人たちは心をかたくなにして、信じようとせず、会衆の前でこの道をあしざまに言ったので、彼は弟子たちを引き連れて、その人たちから離れ、ツラノの講堂で毎日論じた。 

10 それが二年間も続いたので、アジヤに住んでいる者は、ユダヤ人もギリシヤ人も皆、主の言を聞いた。 

 エペソのユダヤ人会堂から離れたパウロは、ツラノという雄弁家の講堂(原語  schole、NIV訳 the lecture hall)、つまり学校の教室を間借りして毎日二年間も御言葉を伝えていたのである。パウロはそこに残り、教会堂を建てる様命じただろうか。もちろん、エペソの町の大勢の人が信仰によって救われていたのだから、色々オーガナイズする必要はあっただろう。しかし、それはパウロたちの目標でも、次のステップでもなかった。

使徒19:21

これらの事があった後、パウロは御霊に感じて、マケドニヤ、アカヤをとおって、エルサレムへ行く決心をした。そして言った、「わたしは、そこに行ったのち、ぜひローマをも見なければならない」。

 立派な礼拝堂で起こることは、個人宅に集う群れでも起こり得ることで、問題は礼拝を行う物質的空間によるものではない。むしろ、余計な条件を勝手に加え、それに囚われて大切な目標を見逃すことが、様々な弊害を生み出す原因となっている。

 今一度、マタイ18章の御言葉を実行しているか、信徒一人ひとりが自省する必要があると思う。そのような遜った心をもった「二人、三人」の自然発生的でシンプルな集いが、キリストの教会の本質であり、核である。