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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

「ベツレヘムの壁」を超えて

マタイ2:1-6

1 イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、

2 「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。

3 ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。

4 そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。

5 彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、

6 『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。 

 ヘロデ王やエルサレムの人々は、ベツレヘムにメシアが生まれたという知らせを聞いて、不安を感じただけで、実際に自分たちの足でベツレヘムへ行って確かめようともせず、東方の博士たちを確認させようとした。博士たちはメソポタミヤからそのために旅してきていたのだから、ヘロデ王に頼まれずとも喜んでベツレヘムに行っただろう。むしろたとえ「行くな」と命じられたとしても、彼らはそんな命令には従わなかったに違いない。

 しかしヘロデ王もエルサレムの人々は、自分たちのところから一歩も出ようとしなかった。エルサレムとベツレヘムは、約9キロメートルしか離れていないことを考えると、その選択は驚くべきことである。歩いてたった2時間ほどの距離である。ヘロデ王にいたっては、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」と博士たちに言いながら、実際には人々を遣わし、ベツレヘムとその附近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺させた(16節)。

 今年もクリスマス・シーズンは終わった。多くの人が信仰者の証を通して、救い主の誕生の知らせを聞いたはずである。教会に初めて足を運んだ人もいるかもしれない。心温まるコーラスを聴いて、感動した人もいるだろう。大切なことは、ひとりひとりが自分の意志によって、主イエス・キリストの救いを探し求めることである。

 それは決してあなたから遠く離れていない。現代のベツレヘムのように、高くそびえる壁もない。いや、むしろあなたがいるその場所で心から祈り求めれば、生ける主イエスはあなたに答えてくださるのだ。最初は不安や疑いがあるのは当然だろう。大事なことはその不安の中に留まらず、あなたの「足」で信仰の一歩踏み出すことである。「私の心は何だか不安で落ち着きません。よくわからないけれど、私を導いてください。」というシンプルな祈りで十分である。主なる神は必ずあなたを主イエスの元へ導いてくださるだろう。

 しかし主なる神は、人間の心が頑なであることもご存じである。多くの場合、無数の言い訳や思惑によって「越えられない壁」を自ら建てるのもまた人間である。だから主自ら、信仰者を通して、さらに人々の中に近づいていくのである。ちょうど、メシア誕生から約1か月後に幼子イエスが両親に抱かれてエルサレムの神殿に入り、シメオンとアンナを通して公に証されたように。

ルカ2:22-38

22 それから、モーセの律法による彼らのきよめの期間が過ぎたとき、両親は幼な子を連れてエルサレムへ上った。

23 それは主の律法に「母の胎を初めて開く男の子はみな、主に聖別された者と、となえられねばならない」と書いてあるとおり、幼な子を主にささげるためであり、

24 また同じ主の律法に、「山ばと一つがい、または、家ばとのひな二羽」と定めてあるのに従って、犠牲をささげるためであった。

25 その時、エルサレムにシメオンという名の人がいた。この人は正しい信仰深い人で、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた。また聖霊が彼に宿っていた。

26 そして主のつかわす救主に会うまでは死ぬことはないと、聖霊の示しを受けていた。

27 この人が御霊に感じて宮にはいった。すると律法に定めてあることを行うため、両親もその子イエスを連れてはいってきたので、

28 シメオンは幼な子を腕に抱き、神をほめたたえて言った、

29 「主よ、今こそ、あなたはみ言葉のとおりにこの僕を安らかに去らせてくださいます、

30 わたしの目が今あなたの救を見たのですから。

31 この救はあなたが万民のまえにお備えになったもので、

32 異邦人を照す啓示の光、み民イスラエルの栄光であります」。

33 父と母とは幼な子についてこのように語られたことを、不思議に思った。

34 するとシメオンは彼らを祝し、そして母マリヤに言った、「ごらんなさい、この幼な子は、イスラエルの多くの人を倒れさせたり立ちあがらせたりするために、また反対を受けるしるしとして、定められています。――

35 そして、あなた自身もつるぎで胸を刺し貫かれるでしょう。――それは多くの人の心にある思いが、現れるようになるためです」。

36 また、アセル族のパヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。彼女は非常に年をとっていた。むすめ時代にとついで、七年間だけ夫と共に住み、

37 その後やもめぐらしをし、八十四歳になっていた。そして宮を離れずに夜も昼も断食と祈とをもって神に仕えていた。

38 この老女も、ちょうどそのとき近寄ってきて、神に感謝をささげ、そしてこの幼な子のことを、エルサレムの救を待ち望んでいるすべての人々に語りきかせた。

 決して「ヘロデの友」となってはならない。この俗悪で残虐な男は、祭司長たちと律法学者たちにメシアに関する情報を調べさせ、明確な聖書の預言を聞きながらも、自分では確かめようとも信じようともせず、信仰心があるふりをして実際はメシアだけでなく罪のない命まで滅ぼす命令を下したのである。自分の宮殿から一歩も出ずに、である。

 ベツレヘムは遠くなく、その「壁」は人間が建てたものである。

f:id:eastwindow18:20151231024241j:plainベツレヘムの近くに建てられた壁

 

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