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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

山の上の顕現、そして麓の戯れ

いにしへからの教訓 キリストにおいて

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出エジプト24:1-18

1 また、モーセに言われた、「あなたはアロン、ナダブ、アビウおよびイスラエルの七十人の長老たちと共に、主のもとにのぼってきなさい。そしてあなたがたは遠く離れて礼拝しなさい。 

2 ただモーセひとりが主に近づき、他の者は近づいてはならない。また、民も彼と共にのぼってはならない」。 

3 モーセはきて、主のすべての言葉と、すべてのおきてとを民に告げた。民はみな同音に答えて言った、「わたしたちは主の仰せられた言葉を皆、行います」。 

4 そしてモーセは主の言葉を、ことごとく書きしるし、朝はやく起きて山のふもとに祭壇を築き、イスラエルの十二部族に従って十二の柱を建て、 

5 イスラエルの人々のうちの若者たちをつかわして、主に燔祭をささげさせ、また酬恩祭として雄牛をささげさせた。 

6 その時モーセはその血の半ばを取って、鉢に入れ、また、その血の半ばを祭壇に注ぎかけた。 

7 そして契約の書を取って、これを民に読み聞かせた。すると、彼らは答えて言った、「わたしたちは主が仰せられたことを皆、従順に行います」。 

8 そこでモーセはその血を取って、民に注ぎかけ、そして言った、「見よ、これは主がこれらのすべての言葉に基いて、あなたがたと結ばれる契約の血である」。 

9 こうしてモーセはアロン、ナダブ、アビウおよびイスラエルの七十人の長老たちと共にのぼって行った。 

10 そして、彼らがイスラエルの神を見ると、その足の下にはサファイアの敷石のごとき物があり、澄み渡るおおぞらのようであった。 

11 神はイスラエルの人々の指導者たちを手にかけられなかったので、彼らは神を見て、飲み食いした。 

12 ときに主はモーセに言われた、「山に登り、わたしの所にきて、そこにいなさい。彼らを教えるために、わたしが律法と戒めとを書きしるした石の板をあなたに授けるであろう」。 

13 そこでモーセは従者ヨシュアと共に立ちあがり、モーセは神の山に登った。 

14 彼は長老たちに言った、「わたしたちがあなたがたの所に帰って来るまで、ここで待っていなさい。見よ、アロンとホルとが、あなたがたと共にいるから、事ある者は、だれでも彼らの所へ行きなさい」。 

15 こうしてモーセは山に登ったが、雲は山をおおっていた。 

16 主の栄光がシナイ山の上にとどまり、雲は六日のあいだ、山をおおっていたが、七日目に主は雲の中からモーセを呼ばれた。 

17 主の栄光は山の頂で、燃える火のようにイスラエルの人々の目に見えたが、 

18 モーセは雲の中にはいって、山に登った。そしてモーセは四十日四十夜、山にいた。 

 エジプトからモーセによって導き出されたイスラエルの民は、神の山、つまりシナイ山の麓に辿り着いた。そこで民は、モーセがまず主の全ての言葉と全ての掟を口で告げるのを聞き、それに対して「わたしたちは主の仰せられた言葉を皆、行います」と誓った。モーセはそれらの言葉を「契約の書」に書きしるし、山の麓に祭壇を築き、イスラエルの十二部族に従って十二の柱を建てた。そして契約のしるしとして雄牛を捧げ、その血を祭壇に注ぎかけた。そして民にもう一度、契約の書に書かれた主の御言葉を読み聞かせ、民は前回と同様、「わたしたちは主が仰せられたことを皆、従順に行います」と答えたので、「見よ、これは主がこれらのすべての言葉に基いて、あなたがたと結ばれる契約の血である」と言って、契約のしるしとして同じ血を民に注ぎかけた。

 そしてモーセとアロンとアロンの長男ナダブと次男アビウ、そして七十人の長老たちは、山の中腹と思われるところで、見ることができない「神を見」、神の前で飲み食いした。これは受肉前の御子が「見えるかたち」となって御自身を啓示してくださったからである。

 モーセはその後、主に呼ばれ一人山の上へ上り、四十日四十夜、山の頂に留まり、律法の啓示を受けることになる。そのモーセが主の栄光の中に留まっている時、山の麓で悲劇が起こる。

出エジプト32:1-6

1 民はモーセが山を下ることのおそいのを見て、アロンのもとに集まって彼に言った、「さあ、わたしたちに先立って行く神を、わたしたちのために造ってください。わたしたちをエジプトの国から導きのぼった人、あのモーセはどうなったのかわからないからです」。 

2 アロンは彼らに言った、「あなたがたの妻、むすこ、娘らの金の耳輪をはずしてわたしに持ってきなさい」。 

3 そこで民は皆その金の耳輪をはずしてアロンのもとに持ってきた。 

4 アロンがこれを彼らの手から受け取り、工具で型を造り、鋳て子牛としたので、彼らは言った、「イスラエルよ、これはあなたをエジプトの国から導きのぼったあなたの神である」。 

5 アロンはこれを見て、その前に祭壇を築いた。そしてアロンは布告して言った、「あすは主の祭である」。 

6 そこで人々はあくる朝早く起きて燔祭をささげ、酬恩祭を供えた。民は座して食い飲みし、立って戯れた。 

  モーセは長老たちに「わたしたちがあなたがたの所に帰って来るまで、ここで待っていなさい」と言って、神を見た場所に留まるように命じていた。しかし、モーセが山から下ってくるのが遅いのにしびれを切らし、民がいた麓まで降り、アロンが民から集めた金で子牛を造り、その前に祭壇を築き、燔祭と酬恩祭を定め、民は座して食い飲みし、立って戯れた。この「戯れる」と訳されている原語の動詞は、「あざける」「軽蔑する」という意味が含まれている(サムソンは自分の力を過信してペリシテ人に捕えられて、両目をえぐり出され、ペリシテ人の宴会に引きずり出され笑い者とされた。士師記16:25)。イスラエルの民は、金の子牛に礼拝を捧げながら、「行方の分からない八十歳過ぎの老人」モーセの事を嘲笑していたのだろう。

 アロンやその二人の息子、七十人の長老たちにとって、山の中腹で真の神を見、彼の御前で飲み食いした経験は何だったのだろうか。しかもイスラエルの民が宿営していたところには、彼らが「わたしたちは主の仰せられた言葉を皆、行います」と二度誓ったしるしとして、契約の血が注がれた祭壇と契約の書が、目に見える証拠としてあったのである。

 しかし、自分に正直なクリスチャンは、決してアロンや長老たち、イスラエルの民を侮蔑することはできないだろう。特別な幻や霊的経験、霊的知識、人間の決意でさえも、確かな保証となるとは限らない。それ程、人間の性質は当てにならないのである。本来神の御言葉と聖霊による導きを待つべきなのに、神ではない自分の力に頼って、自分勝手な思い付きで「神の御旨」を行っていると思い込んでしまうのである。

 キリストを信じる者に与えられている恵みは、シナイ山中腹でイスラエルの七十人の長老たちに与えられた恵みよりも、さらに偉大なものである。

エペソ2:4-6

4 しかるに、あわれみに富む神は、わたしたちを愛して下さったその大きな愛をもって、 

5 罪過によって死んでいたわたしたちを、キリストと共に生かし――あなたがたの救われたのは、恵みによるのである―― 

6 キリスト・イエスにあって、共によみがえらせ、共に天上で座につかせて下さったのである。 

  キリストを信じる者に与えられていた契約の血は、モーセの契約による動物の血よりもはるかに優れたものである。

へブル7:18-22

18 このようにして、一方では、前の戒めが弱くかつ無益であったために無効になると共に、 

19 (律法は、何事をも全うし得なかったからである)、他方では、さらにすぐれた望みが現れてきて、わたしたちを神に近づかせるのである。 

20 その上に、このことは誓いをもってなされた。人々は、誓いをしないで祭司とされるのであるが、 

21 この人の場合は、次のような誓いをもってされたのである。すなわち、彼について、こう言われている、「主は誓われたが、心を変えることをされなかった。あなたこそは、永遠に祭司である」。 

22 このようにして、イエスは更にすぐれた契約の保証となられたのである。

へブル9:11-15

11 しかしキリストがすでに現れた祝福の大祭司としてこられたとき、手で造られず、この世界に属さない、さらに大きく、完全な幕屋をとおり、 

12 かつ、やぎと子牛との血によらず、ご自身の血によって、一度だけ聖所にはいられ、それによって永遠のあがないを全うされたのである。 

13 もし、やぎや雄牛の血や雌牛の灰が、汚れた人たちの上にまきかけられて、肉体をきよめ聖別するとすれば、 

14 永遠の聖霊によって、ご自身を傷なき者として神にささげられたキリストの血は、なおさら、わたしたちの良心をきよめて死んだわざを取り除き、生ける神に仕える者としないであろうか。 

15 それだから、キリストは新しい契約の仲保者なのである。それは、彼が初めの契約のもとで犯した罪過をあがなうために死なれた結果、召された者たちが、約束された永遠の国を受け継ぐためにほかならない。

 御子イエス・キリストが、私達にとって「更にすぐれた契約の保証」であり、「新しい契約の仲保者」であることを覚えるとき、モーセが見えない神の顕現があった場所で、七十人の長老らに「ここで待っていなさい」と命じたことは、私達にとっては「天上の座に共に座るキリストのうちにとどまり続けなさい」ということを意味しているのではないだろうか。

コロサイ3:1-4

1 このように、あなたがたはキリストと共によみがえらされたのだから、上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右に座しておられるのである。 

2 あなたがたは上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない。 

3 あなたがたはすでに死んだものであって、あなたがたのいのちは、キリストと共に神のうちに隠されているのである。 

4 わたしたちのいのちなるキリストが現れる時には、あなたがたも、キリストと共に栄光のうちに現れるであろう。