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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

神の命を源泉としない偽りの「活動性」

シンボリズム 聖別(キリストとの交わり)

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ユダ10-13

10 しかし、この人々は自分が知りもしないことをそしり、また、分別のない動物のように、ただ本能的な知識にあやまられて、自らの滅亡を招いている。 

11 彼らはわざわいである。彼らはカインの道を行き、利のためにバラムの惑わしに迷い入り、コラのような反逆をして滅んでしまうのである。 

12 彼らは、あなたがたの愛餐に加わるが、それを汚し、無遠慮に宴会に同席して、自分の腹を肥やしている。彼らは、いわば、風に吹きまわされる水なき雲、実らない枯れ果てて、抜き捨てられた秋の木、 

13 自分の恥をあわにして出す海の荒波、さまよう星である。彼らには、まっくらなやみが永久に用意されている。 

ユダ20,21

20 しかし、愛する者たちよ。あなたがたは、最も神聖な信仰の上に自らを築き上げ、聖霊によって祈り、 

21 神の愛の中に自らを保ち、永遠のいのちを目あてとして、わたしたちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。

 前回の記事(教会の交わりの中に不信仰な者が忍び込むとき - an east window)で『ユダの手紙』を考察したが、その中にある独特のシンボリズムが、重要な真理を啓示しているので共有してみたい。

  • 分別のない動物
  • カインの道
  • 風に吹きまわされる水なき雲
  • 自分の恥をあわにして出す海の荒波
  • さまよう星

 これらのシンボルは、それぞれ「活動性」を示している。動物は本能のままに動きまわり、弟アベルを殺したカインは、神の臨在から遠く離れ、エデンの東、ノドの地に自分の町を築きあげた。激しく動く雲は目には見えない風を示し、海の荒波は繰り返し堤防を打ち付け、水しぶきを高々と上げる。彗星や流れ星は、ちりばめられた星の間を縫って夜空に光の軌跡を印す。

 しかしこれらの「活動性」が生み出すものは空しく、その実は無である。本能に突き動かされる動物は、分別のないまま滅び、カインの子孫もその町も大洪水で滅びてしまった。風に吹かれる雲は大空をまたぐ様に移動するが、地を潤す雨をもたらさない。プランクトンの死骸は泡となって打ち上げられ強烈な悪臭を放ち、流れ星は燃え尽きて暗闇に消え、輝く星だけが静かに残る。 

 対照的に神の御前に留まることだけを求め、最も神聖な信仰の上に自らを築き上げ、聖霊によって祈り、神の愛の中に自らを保ち、主イエス・キリストのあわれみをひたすら待ち望む者は、一見、怠惰で消極的、また非生産的に思われるが、実は神の平安に満ち、永遠の命によって生きているので、疑いを抱く人々に対して愛と憐みの手を差し伸ばすことができるのである。

 神の命を源泉としない活動は、騒々しく、弱い者に対して強制的かつ高圧的である。そして多くの場合、暴力的な「脅迫」が伴う。それに巻き込まれると、平安を失い、神との間だけでなく教会に交わりの中でも、信頼感や謙虚さの代わりに競争心や猜疑心が支配するようになってしまうのである。

ガラテヤ5:13-26

13 兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。 

14 律法の全体は、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」というこの一句に尽きるからである。 

15 気をつけるがよい。もし互にかみ合い、食い合っているなら、あなたがたは互に滅ぼされてしまうだろう。 

16 わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。 

17 なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互に相さからい、その結果、あなたがたは自分でしようと思うことを、することができないようになる。 

18 もしあなたがたが御霊に導かれるなら、律法の下にはいない。 

19 肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、 

20 偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、 

21 ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。 

22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、 

23 柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。 

24 キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである。 

25 もしわたしたちが御霊によって生きるのなら、また御霊によって進もうではないか。  

26 互にいどみ合い、互にねたみ合って、虚栄に生きてはならない。