黙示録3章8節見よ。私は、誰も閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた。
人から不気味がられ、責められ、全く理解されなくとも、ただ聖書の御言葉を愛し、ひたすら主の御名の栄光を求める人の前には、開かれた門が備えられている。
それは声高らかに祈り上げるパリサイ人の後ろで、顔を上げることもできずに、胸を打ちながら神に祈る取税人に対して開かれた罪の赦しの門(ルカ18:10-14)。
高ぶる者にとってはあまりにも小さすぎて、それを見出すこともできない門(マタイ7:14)。
幼子のように素直に神の国を受け入れる者だけがそれを見出し、そこから入ることができる門である(ルカ18:16,17)。
この開かれた門も、大洪水が起こる直前に主によって閉じられた箱舟の戸のように(創世記7:16)、やがて襲ってくる大患難の前に主によって閉じられるであろう。
「彼が閉じると、誰も開くものがない。」
だからロトの妻のように後ろを振り向いてはいけない。あなたを偽りの言葉で罵り侮蔑していた偽善者が、たとえあなたの前にひれ伏し、あなたの正しさを認めたとしても、そんなことに満足して立ち止まってはならない。
与えられたものをしっかり握りしめて、門の中に入っていよう。キリストの中に隠れていよう。
勝利を得る者を、わたしの神の聖所の柱としよう。彼はもはや決して外に出て行くことはない。(黙示録3:12)