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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

『Pope Francis Declares Lucifer As God』に関する反証(1)

聖書による検証 終わりの日の警告 カトリック教会関連


Pope Francis Declares Lucifer As God

 このビデオは「教皇フランシスがルシファーが神であると宣言した」と主張し、ある種の混乱を生み出しているようなので、私の検証・意見を書き記しておこうと思う。

 結論から言えば、この主張の論拠として挙げているラテン語の聖歌について、ごく簡単な検証の努力を怠ったことによる誤った意見であると言える。おそらくこのビデオを作製したSouldier4Christという人は、カトリック教会の伝統やラテン語に関してあまり詳しくはないと想像するが、インターネット上で得られる情報でも簡単に確認できる内容であるので、反対に彼の表層的なアプローチが浮き彫りになる結果となっている。

 論拠とされているラテン語の聖歌は、『Exsultet(またはExultet)』と呼ばれているもので、カトリック教会の復活祭の夜のミサにおいて古くから詠われている、主イエス・キリストの復活を賛美する聖歌である。

 こちらのページでラテン語歌詞全文とその英訳が確認できる。以下、ビデオの中で引用されている箇所だけを抜粋した。

Flammas eius lúcifer matutínus invéniat:
ille, inquam, lúcifer, qui nescit occásum.
Christus Fílius tuus,
qui, regréssus ab ínferis, humáno géneri serénus illúxit,
et tecum vivit et regnat in sæcula sæculórum.

R/ Amen.

 

May this flame be found still burning
by the Morning Star:
the one Morning Star who never sets,
Christ your Son,
who, coming back from death's domain,
has shed his peaceful light on humanity,
and lives and reigns for ever and ever.
Amen.

 歌詞自体から、また文脈からもラテン語「lucifer」が「明けの明星」つまり「死者から復活した御子キリスト」を表しているのは明らかである。実際ラテン語「lucifer (Lux =光、Ferre=持つ、運ぶ)」は、その複合語としての語根からも理解できるように、新約聖書のギリシャ語「φωσφόρος phōsphoros(phos=光、pherein=持つ、運ぶ)」にそのまま対応するものである。

 Ⅱペテロ1:19において、Phosphorosは「明けの明星」と和訳されており、ラテン語訳であるウルガタでは「lucifer」と訳されている。

Ⅱペテロ1:19(新改訳)

また、私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。夜明けとなって、明けの明星があなたがたの心の中に上るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです。

 

(ウルガタ)

et habemus firmiorem propheticum sermonem cui bene facitis adtendentes quasi lucernae lucenti in caliginoso loco donec dies inlucescat et lucifer oriatur in cordibus vestris

 新約聖書においては、サタンに対して「Phosphoros 明けの明星」という称号が使われている箇所は存在しない。実際、その称号はあくまで「世の光」(ヨハネ8:12)「すべての人を照すまことの光」(ヨハネ1:9)である御子イエス・キリストのものである。

黙示録22:16

わたしイエスは、使をつかわして、諸教会のために、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしは、ダビデの若枝また子孫であり、輝く明けの明星である」。

 反対に新約聖書におけるサタンの呼称の意味は、すべて否定的なものである。

黙示録12:9

この巨大な龍、すなわち、悪魔(diabolos 中傷する者)とか、サタン(Satanas 敵/訴える者)とか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落され、その使たちも、もろともに投げ落された。

 だから厳密に言えば、不従順の罪のゆえに天の地位から落とされたサタンに対して「ルシファー」の称号を使うのは神学的に的確ではなく、ある意味、サタンの「擬装」を容認するような形になっているのは残念である。

Ⅱコリント11:14

しかし、驚くには及ばない。サタンも光の天使に擬装するのだから。

 実際、初代教会時代と教父時代、少なくとも4、5世紀頃までは「Lucifer」は「光を持つもの」という肯定的な意味で、キリスト者の男の子の名前として使われていた。4世紀のサルデーニャ島のカリアリにLuciferという名前の司教がいたことが、一つの例である。

 次回はなぜ悪魔が「ルシファー」と呼ばれるようになったか書いてみたい。

 

(2)に続く