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夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

ヘブロンに関する考察(4)ヘブロンの住民の推移の歴史

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 今回は、キリアテ・アルバすなわちヘブロンの住民が、歴史の中でどのように推移していったか、考察してみよう。

  • アブラハムはカナンの地に行き、甥ロトと別れた後、ヘブロンのマムレのテレビンの木のかたわらに天幕を張って住んだ(創世記13:18)。その時期には、アモリびとのエシコルとアネルの兄弟マムレがその土地に住んでいて、アブラハムと共存するために同盟していた。

創世記14:13b

 

この時アブラムはエシコルの兄弟、またアネルの兄弟であるアモリびとマムレのテレビンの木のかたわらに住んでいた。彼らはアブラムと同盟していた。  

  •  ソドムに住んでいた甥ロトがメソポタミアから来た四人の王による連合軍に捕虜として連れ去られたとき、エシコルやアネル、マムレはアブラハムのために共に戦った(創世記14:24)。
  • アブラハムが神の幻の中で自分の子孫が経験するエジプトでの奴隷生活の啓示を受けたとき(このときはまだアブラハムにはイサクが与えられていなかった!)、この時点ではヘブロンにおいて同盟を結んで平和に共存し、協力関係であったアモリ人が、四百年の間に徐々に倫理的堕落をすることの啓示も受けた。このような堕落の預言を受けていたからこそ、アブラハムはイサクの花嫁を探す時、自分が住んでいるカナンの土地から探すのを忌み嫌ったのだろう(創世記24:3)。

創世記15:12-16

12 日の入るころ、アブラムが深い眠りにおそわれた時、大きな恐ろしい暗やみが彼に臨んだ。

13 時に主はアブラムに言われた、「あなたはよく心にとめておきなさい。あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう。

14 しかし、わたしは彼らが仕えたその国民をさばきます。その後かれらは多くの財産を携えて出て来るでしょう。

15 あなたは安らかに先祖のもとに行きます。そして高齢に達して葬られるでしょう。

16 四代目になって彼らはここに帰って来るでしょう。アモリびとの悪がまだ満ちないからです」。  

  • アブラハムがペリシテびとの地ゲラル、そしてベエルシバに移住している期間に(創世記20-22章)、キリアテ・アルバすなわちヘブロンにはへてびとが移住していた。実際、アブラハムの妻サラが死んだとき、アブラハムはヘテびとのエフロンから通用銀四百シケルで畑を購入し、その土地のあったマクペラの洞穴に妻サラを葬った(創世記23章)。 この洞穴には、その後アブラハムや、イサクとその妻リベカ、そしてヤコブとその妻の一人レアが葬られた。
  • モーセがカデシュの荒野から十二人の偵察をカナンの地に送ったとき、ヘブロンにはネピリム(背の高い人々)から出たアルバが城壁を持つ町を建て、「キリアテ・アルバ(アルバの町)」と呼ばれていた。偵察隊が見て恐れた背の高い人々は、そのアルバの息子アナクの子孫で、アヒマン、セシャイ、タルマイがいた。

民数記13:22

彼らはネゲブにのぼって、ヘブロンまで行った。そこにはアナクの子孫であるアヒマン、セシャイ、およびタルマイがいた。ヘブロンはエジプトのゾアンよりも七年前に建てられたものである。

ヨシュア14:15

ヘブロンの名は、もとはキリアテ・アルバといった。アルバは、アナキびとのうちの、最も大いなる人であった。こうしてこの地に戦争はやんだ。

ヨシュア21:11

すなわちユダの山地にあるキリアテ・アルバすなわちヘブロンおよびその周囲の放牧地を彼らに与えた。このアルバはアナクの父であった。

  •  モーセの後継者ヨシュアが、イスラエルの民と共にカナンの土地に入ったとき、ヘブロンにはホハムという王がいて、エルサレムの王の連合軍と共に反逆し、マッケダでヨシュアに殺された。このホハムは、アナクの子孫のアヒマン、セシャイ、タルマイと共にキリアテ・アルバを統治していた可能性がある。キリアテ・アルバには、「四人の町」という意味もあるからである。
  • ヨシュアはヘブロンのホルム王を処刑した後、ヘブロンの町へ行き、そこの町を聖絶した。「一人も残さなかった」とあるが、その中にはアナクの三人の息子は含まれていなかったと思われる。のちにカレブによって追放されているからである。

ヨシュア10:36-37

36 ヨシュアはまたイスラエルのすべての人を率いて、エグロンからヘブロンに進み上り、これを攻めて戦い、 

37 それを取って、それと、その王、およびそのすべての町々と、その中のすべての人を、つるぎをもって撃ち滅ぼし、ひとりも残さなかった。すべてエグロンにしたとおりであった。すなわち、それとその中のすべての人を、ことごとく滅ぼした。 

  • カレブはキリアテ・アルバからそのアナクの子三人(セシャイ、アヒマン、タルマイ)を追い払い、町を嗣業として受け取った。ここで重要な点は、カレブが彼らを処刑せずに、追い払ったことである。

ヨシュア15:13-14

13 ヨシュアは、主に命じられたように、エフンネの子カレブに、ユダの人々のうちで、キリアテ・アルバ、すなわちヘブロンを与えて、その分とさせた。アルバはアナクの父であった。

14 カレブはその所から、アナクの子三人を追い払った。すなわち、セシャイ、アヒマン、およびタルマイであって、アナクから出たものである。

  •  士師記1章の記述は、ヨシュア記15章に書かれている記述と重なる。ここで注意すべき点は、士師記1:1の「ヨシュアが死んだ後」という表現が、『士師記』の時期全体を象徴する表現として用いられていることである。実際、ヨシュアの死の記述は、士師記2:8-9に書かれているからである。カレブはキリアテ・アルバのセシャイとアヒマンとタルマイを打ち破り、占領したが、この三人のアナクの子孫を殺さず、ただ追放した。また「ユダはついに山地を手に入れたが、平地に住んでいた民は鉄の戦車をもっていたので、これを追い出すことができなかった」とあるので、ヘブロン周辺の低地の町々をすべて占領することはできなかったようである。

士師記1:9-20

9 その後、ユダの人々は山地とネゲブと平地に住んでいるカナンびとと戦うために下ったが、

10 ユダはまずヘブロンに住んでいるカナンびとを攻めて、セシャイとアヒマンとタルマイを撃ち破った。ヘブロンのもとの名はキリアテ・アルバであった。

11 またそこから進んでデビルの住民を攻めた。(デビルのもとの名はキリアテ・セペルであった。)

12 時にカレブは言った、「キリアテ・セペルを撃って、これを取る者には、わたしの娘アクサを妻として与えるであろう」。

13 カレブの弟ケナズの子オテニエルがそれを取ったので、カレブは娘アクサを妻として彼に与えた。

14 アクサは行くとき彼女の父に畑を求めることを夫にすすめられたので、アクサがろばから降りると、カレブは彼女に言った、「あなたは何を望むのか」。

15 アクサは彼に言った、「わたしに贈り物をください。あなたはわたしをネゲブの地へやられるのですから、泉をもください」。それでカレブは上の泉と下の泉とを彼女に与えた。

16 モーセのしゅうとであるケニびとの子孫はユダの人々と共に、しゅろの町からアラドに近いネゲブにあるユダの野に上ってきて、アマレクびとと共に住んだ。

17 そしてユダはその兄弟シメオンと共に行って、ゼパテに住んでいたカナンびとを撃ち、それをことごとく滅ぼした。これによってその町の名はホルマと呼ばれた。

18 ユダはまたガザとその地域、アシケロンとその地域、エクロンとその地域を取った。

19 主がユダと共におられたので、ユダはついに山地を手に入れたが、平地に住んでいた民は鉄の戦車をもっていたので、これを追い出すことができなかった。

20 人々はモーセがかつて言ったように、ヘブロンをカレブに与えたので、カレブはその所からアナクの三人の子を追い出した。  

  • ヘブロンは、 イスラエル領地内の四十八のレビびとの町の一つとして指定されていたので、カレブの子孫と共にレビの子孫も共生していた。
  • イスラエルの初代王サウルの死後、ダビデはヘブロンに住み、そこでユダの王となった。このヘブロンでダビデ王に六人の子供が生まれた。

Ⅱサムエル2:1-4a

1 この後、ダビデは主に問うて言った、「わたしはユダの一つの町に上るべきでしょうか」。主は彼に言われた、「上りなさい」。ダビデは言った、「どこへ上るべきでしょうか」。主は言われた、「ヘブロンへ」。

2 そこでダビデはその所へ上った。彼のふたりの妻、エズレルの女アヒノアムと、カルメルびとナバルの妻であったアビガイルも上った。

3 ダビデはまた自分と共にいた人々を、皆その家族と共に連れて上った。そして彼らはヘブロンの町々に住んだ。

4a 時にユダの人々がきて、その所でダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした。

Ⅱサムエル3:2-5

2 ヘブロンでダビデに男の子が生れた。彼の長子はエズレルの女アヒノアムの産んだアムノン、

3 その次はカルメルびとナバルの妻であったアビガイルの産んだキレアブ、第三はゲシュルの王タルマイの娘マアカの子アブサロム、

4 第四はハギテの子アドニヤ、第五はアビタルの子シパテヤ、 

5 第六はダビデの妻エグラの産んだイテレアム。これらの子がヘブロンでダビデに生れた。

  • ヘブロンでダビデはイスラエル全部族の王に即位した。

Ⅱサムエル5:1-5

1 イスラエルのすべての部族はヘブロンにいるダビデのもとにきて言った、「われわれは、あなたの骨肉です。 

2 先にサウルがわれわれの王であった時にも、あなたはイスラエルを率いて出入りされました。そして主はあなたに、『あなたはわたしの民イスラエルを牧するであろう。またあなたはイスラエルの君となるであろう』と言われました」。

3 このようにイスラエルの長老たちが皆、ヘブロンにいる王のもとにきたので、ダビデ王はヘブロンで主の前に彼らと契約を結んだ。そして彼らはダビデに油を注いでイスラエルの王とした。

4 ダビデは王となったとき三十歳で、四十年の間、世を治めた。

5 すなわちヘブロンで七年六か月ユダを治め、またエルサレムで三十三年、全イスラエルとユダを治めた。 

  • ダビデ王の後継者サロモンが多くの妻を娶り、偶像崇拝が神の民に中に入ってきたことで、ソロモンの子レハベアムの時代に、国は分裂し、イスラエル王国とユダ王国になってしまった。レハベアムは内戦に備えて、他の多くの町々とともに、ヘブロンの町を防衛の町として要害を堅固にし、軍隊を常備した。

Ⅱ歴代11:5-12

5 レハベアムはエルサレムに住んで、ユダに防衛の町々を建てた。

6 すなわちベツレヘム、エタム、テコア、

7 ベテズル、ソコ、アドラム、

8 ガテ、マレシャ、ジフ、

9 アドライム、ラキシ、アゼカ、

10 ゾラ、アヤロン、およびヘブロン。これらはユダとベニヤミンにあって要害の町々である。

11 彼はその要害を堅固にし、これに軍長を置き、糧食と油とぶどう酒をたくわえ、

12 またそのすべての町に盾とやりを備えて、これを非常に強化し、そしてユダとベニヤミンを確保した。

  • レハベアム王の時代の後、旧約聖書においてヘブロンの記述がでてくるのは、バビロニア捕囚期の後、神の民がカナンの地に帰還することになるネヘミヤの時代で、ユダ族の子孫らがキリアテ・アルバに住んだ。ここで名前がヘブロンではなく、昔の名前であるキリアテ・アルバに戻っているのは、おそらくバビロニア捕囚の七十年間に、エドム人がユダの南部を占領したからだと思われる。

ネヘミヤ11:24-25

24 またユダの子ゼラの子孫であるメシザベルの子ペタヒヤは王の手に属して民に関するすべての事を取り扱った。

25 また村々とその田畑については、ユダの子孫の者はキリアテ・アルバとその村々、デボンとその村々、エカブジエルとその村々に住み、

  •  旧約聖書の外典である『第一マカバイ記』には、ユダ・マカバイ(紀元前二世紀の人物)がヘブロンをエサウの子孫(エドム人)から奪回したことが記録されている(紀元前167年頃)。

第一マカバイ5:65

ユダとその兄弟たちは出撃して、南部の地に住むエサウの子孫と戦い、ヘブロンとその村々を撃ち、その砦を破壊し、周囲の塔に火を放った。

 新約聖書の中には、ヘブロンもしくはキリアテ・アルバの記述はない。西暦一世紀のユダヤ人著述家フラウィウス・ヨセフスは、『ユダヤ戦記』『ユダヤ古代誌』の中でヘブロンに関して様々な言及をしている。

 次回はヘブロンのその後の歴史を調べ、ヘブロンを舞台とした戦いが現在に至るまで続いていることを考察してみたい。

 

(5)へ続く