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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

キリストを通して顕れた神の義(3)

キリストにおいて 戦争とキリスト者

ヨハネ18:33-37

33 さて、ピラトはまた官邸にはいり、イエスを呼び出して言った、「あなたは、ユダヤ人の王であるか」。

34 イエスは答えられた、「あなたがそう言うのは、自分の考えからか。それともほかの人々が、わたしのことをあなたにそう言ったのか」。

35 ピラトは答えた、「わたしはユダヤ人なのか。あなたの同族や祭司長たちが、あなたをわたしに引き渡したのだ。あなたは、いったい、何をしたのか」。

36 イエスは答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない」。

37 そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」。

  イエス・キリストは、この世の問題の裁判人や分配人であることを否定したように(ルカ12:14)、ローマ帝国の総督ピラトの前で、この世の王であることを否定した。実際、弟子達はキリストをユダヤ人に渡さないように戦わず、皆逃げ出した。何より、キリスト自身、剣で戦おうとしたペテロをたしなめ、彼が剣で傷つけた大祭司の僕マルコスの右耳を癒した。

ヨハネ18:10,11

10 シモン・ペテロは剣を持っていたが、それを抜いて、大祭司の僕に切りかかり、その右の耳を切り落した。その僕の名はマルコスであった。

11 すると、イエスはペテロに言われた、「剣をさやに納めなさい。父がわたしに下さった杯は、飲むべきではないか」。 

マタイ26:51-54

51 すると、イエスと一緒にいた者のひとりが、手を伸ばして剣を抜き、そして大祭司の僕に切りかかって、その片耳を切り落した。

52 そこで、イエスは彼に言われた、「あなたの剣をもとの所におさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅びる。

53 それとも、わたしが父に願って、天の使たちを十二軍団以上も、今つかわしていただくことができないと、あなたは思うのか。

54 しかし、それでは、こうならねばならないと書いてある聖書の言葉は、どうして成就されようか」。

ルカ22:49-51

49 イエスのそばにいた人たちは、事のなりゆきを見て、「主よ、つるぎで切りつけてやりましょうか」と言って、

50 そのうちのひとりが、祭司長の僕に切りつけ、その右の耳を切り落した。

51 イエスはこれに対して言われた、「それだけでやめなさい」。そして、その僕の耳に手を触て、おいやしになった。 

 特に興味深いのは、ルカによる福音書の記述である。ペテロだけでなく他の弟子達も、初めは剣を使って自分たちの主であるイエスを守ろうとしたことが記録されている。彼らは「主よ、つるぎで切りつけてやりましょうか」と一応イエスに尋ねてはいるが、ペテロはイエスの答えを待たずに剣を抜いた。イエスが「剣を納めなさい」と彼らに命じ、無抵抗に囚われるのを見て、弟子たちは一目散に逃げ出した。

 イエス自身が言った通り、彼は御使いの十二軍団に命令して自分の身を守ることもできた。それによって神の力と正義をこの世に示すこともできたはずである。しかし御子にとっての神の義は、真理である御言葉を成就すること、ただそれだけであった。

 ヨハネ18:3において、和訳では「一隊の兵卒」とあっさり表現されているが、ローマ軍のシステムでは三百から六百人で構成された歩兵隊のことを意味している。それだけの人数の兵士や神殿警備隊が武装して、天の父なる神に祈っていたイエス・キリストを捕えに来たのである。そしてこの時点からイエスは縛られ、大祭司の所やピラトの所へ引きずり出され、民の前で死刑に定められ、十字架の上で死ぬことになる。

 しかし、そのような緊迫し騒然とした状況においても、「真理の王」はピラトの前で、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」と静かに証した。

 暴力が蔓延り、人間の権勢がしのぎ合い、騒然とした世にあって、私達は「真理の王」イエス・キリストの声に耳を傾けることができているだろうか。かき乱れる感情を鎮め、剣を鞘に納め、私達が敵だと思って傷つけてしまった人間をも癒やす愛なる神から離れないで、従っているだろうか。