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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

弱さのうちに顕れるキリストのいのち(2)マグダラのマリヤ

弱さのうちに顕れるキリストのいのち

ヨハネ20:11-17

しかし、マリヤは墓の外に立って泣いていた。そして泣きながら、身をかがめて墓の中をのぞくと、白い衣を着たふたりの御使が、イエスの死体のおかれていた場所に、ひとりは頭の方に、ひとりは足の方に、すわっているのを見た。すると、彼らはマリヤに、「女よ、なぜ泣いているのか」と言った。マリヤは彼らに言った、「だれかが、わたしの主を取り去りました。そして、どこに置いたのか、わからないのです」。そう言って、うしろをふり向くと、そこにイエスが立っておられるのを見た。しかし、それがイエスであることに気がつかなかった。イエスは女に言われた、「女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」。マリヤは、その人が園の番人だと思って言った、「もしあなたが、あのかたを移したのでしたら、どこへ置いたのか、どうぞ、おっしゃって下さい。わたしがそのかたを引き取ります」。イエスは彼女に「マリヤよ」と言われた。マリヤはふり返って、イエスにむかってヘブル語で「ラボニ」と言った。それは、先生という意味である。イエスは彼女に言われた、「わたしにさわってはいけない。わたしは、まだ父のみもとに上っていないのだから。ただ、わたしの兄弟たちの所に行って、『わたしは、わたしの父またあなたがたの父であって、わたしの神またあなたがたの神であられるかたのみもとへ上って行く』と、彼らに伝えなさい」。

 

 死に完全に勝利した復活の主、栄光の王イエス・キリストの勝利を最初に世にあらわすシチュエーションとしては、随分控えめではないだろうか。

 まずその場所。端的に言えば墓地である。エルサレムの神殿でも宮殿でもない。荒野で誘惑した悪魔に恥をかかせるために、聖なる宮の頂上に立って復活した神の御子であることを、自分を十字架につけたエルサレムの全ての人々に示すこともできた。しかし、復活の主は、人気のない早朝の墓地に現れた。

 

 また、復活した主イエスが最初に自身を現した相手は、マグダラのマリアという名の一人の女性であった。十二使徒でも、大祭司カヤパでも、ローマの総督ピラトでもなかった。十字架につけられたイエスを見て彼を信じた、イスラエルの教師ニコデモに対してでもなく、同じようにイエスを信じたアリマタヤの金持ちヨセフでもなかった。同じマリヤという名でも、神はイエスの母のマリヤは選ばれなかった。

 さらにこの女性は、イエスが死から復活するということをほとんど信じていなかったかように、泣き悲しんでいるのである。もしその場に成功と繁栄の福音に従う牧師がいたら、「喜びがないのは信仰が足りないからだ」などと御叱りを受けてしまっていただろう。

 

復活の主は、そんな一人の女性を復活のメッセンジャーとして選ばれた。

 

マタイ5:3,4

こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。 

悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。