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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

真の王なる御子イエス・キリスト

申命記17:14-20

14 あなたの神、主が賜わる地に行き、それを獲てそこに住むようになる時、もしあなたが『わたしも周囲のすべての国びとのように、わたしの上に王を立てよう』と言うならば、

15 必ずあなたの神、主が選ばれる者を、あなたの上に立てて王としなければならない。同胞のひとりを、あなたの上に立てて王としなければならない。同胞でない外国人をあなたの上に立ててはならない。

16 王となる人は自分のために馬を多く獲ようとしてはならない。また馬を多く獲るために民をエジプトに帰らせてはならない。主はあなたがたにむかって、『この後かさねてこの道に帰ってはならない』と仰せられたからである。

17 また妻を多く持って心を、迷わしてはならない。また自分のために金銀を多くたくわえてはならない。

18 彼が国の王位につくようになったら、レビびとである祭司の保管する書物から、この律法の写しを一つの書物に書きしるさせ、

19 世に生きながらえる日の間、常にそれを自分のもとに置いて読み、こうしてその神、主を恐れることを学び、この律法のすべての言葉と、これらの定めとを守って行わなければならない。

20 そうすれば彼の心が同胞を見くだして、高ぶることなく、また戒めを離れて、右にも左にも曲ることなく、その子孫と共にイスラエルにおいて、長くその位にとどまることができるであろう。

 モーセの律法の中には、イスラエルの民が自分の周囲の国々のように王を立てることを求めた場合の戒めが記されていた。これは現実に預言者サムエルの時代に起きたことで、民は主なる神の統治ではなく、自分たちの同じ弱さをもつ人間を王として立てることを求め、主なる神の許可によってベンヤミンびとのサウルが初代の王として選ばれた。

Ⅰサムエル8:4-22

4 この時、イスラエルの長老たちはみな集まってラマにおるサムエルのもとにきて、

5 言った、「あなたは年老い、あなたの子たちはあなたの道を歩まない。今ほかの国々のように、われわれをさばく王を、われわれのために立ててください」。

6 しかし彼らが、「われわれをさばく王を、われわれに与えよ」と言うのを聞いて、サムエルは喜ばなかった。そしてサムエルが主に祈ると、

7 主はサムエルに言われた、「民が、すべてあなたに言う所の声に聞き従いなさい。彼らが捨てるのはあなたではなく、わたしを捨てて、彼らの上にわたしが王であることを認めないのである。

8 彼らは、わたしがエジプトから連れ上った日から、きょうまで、わたしを捨ててほかの神々に仕え、さまざまの事をわたしにしたように、あなたにもしているのである。

9 今その声に聞き従いなさい。ただし、深く彼らを戒めて、彼らを治める王のならわしを彼らに示さなければならない」。

10 サムエルは王を立てることを求める民に主の言葉をことごとく告げて、

11 言った、「あなたがたを治める王のならわしは次のとおりである。彼はあなたがたのむすこを取って、戦車隊に入れ、騎兵とし、自分の戦車の前に走らせるであろう。

12 彼はまたそれを千人の長、五十人の長に任じ、またその地を耕させ、その作物を刈らせ、またその武器と戦車の装備を造らせるであろう。

13 また、あなたがたの娘を取って、香をつくる者とし、料理をする者とし、パンを焼く者とするであろう。

14 また、あなたがたの畑とぶどう畑とオリブ畑の最も良い物を取って、その家来に与え、

15 あなたがたの穀物と、ぶどう畑の、十分の一を取って、その役人と家来に与え、

16 また、あなたがたの男女の奴隷および、あなたがたの最も良い牛とろばを取って、自分のために働かせ、

17 また、あなたがたの羊の十分の一を取り、あなたがたは、その奴隷となるであろう。

18 そしてその日あなたがたは自分のために選んだ王のゆえに呼ばわるであろう。しかし主はその日にあなたがたに答えられないであろう」。

19 ところが民はサムエルの声に聞き従うことを拒んで言った、「いいえ、われわれを治める王がなければならない。

20 われわれも他の国々のようになり、王がわれわれをさばき、われわれを率いて、われわれの戦いにたたかうのである」。

21 サムエルは民の言葉をことごとく聞いて、それを主の耳に告げた。

22 主はサムエルに言われた、「彼らの声に聞き従い、彼らのために王を立てよ」。サムエルはイスラエルの人々に言った、「あなたがたは、めいめいその町に帰りなさい」。

 民の熱心な要求に対する預言者サムエルの悲観的な言葉は、罪びとなる一人の人間が神のように公義と愛をもって民を統治することなどできない、というリアリズムを持っていたからであった。

 実際、申命記の戒めの中で、祭司が律法の書を写し、王が日々それを読むように命じていたのは、王の権威の上には神の言葉があり、王はそこに啓示されている神の絶対的主権に従わなければいけない存在であることを示していたが、預言者サムエルはイスラエルの民がその神の主権に絶えず背いてきたことを十分過ぎるほど知っていたのである。そしてサムエルのリアリズムは、初代王サウルの罪によって証明された。

 歴史上、どの文化においても「王が法である」という概念がまかり通っていたが、神の民においては、少なくとも律法によれば、それは許されていなかったのである。神から選ばれた王は、神の御言葉を読み、それに聞き従って実践するよう命じていたが、それは主なる神の前だけでなく、同胞、つまり民の前にも高ぶらず遜った心を保つためだった。要するに律法は、「神と民とに仕える王」を要求していたのであった。

19 世に生きながらえる日の間、常にそれを自分のもとに置いて読み、こうしてその神、主を恐れることを学び、この律法のすべての言葉と、これらの定めとを守って行わなければならない。

20 そうすれば彼の心が同胞を見くだして、高ぶることなく、また戒めを離れて、右にも左にも曲ることなく、その子孫と共にイスラエルにおいて、長くその位にとどまることができるであろう。

 この律法の要求は、人となった御子イエスによって完全に成就した。御子は天地創造の前から「王の王、主の主」であったが、地上において神と等しくあろうとは求めず、しもべのように父なる神とご自分の民に仕える者となった。

マルコ10:42-45

42 そこで、イエスは彼らを呼び寄せて言われた、「あなたがたの知っているとおり、異邦人の支配者と見られている人々は、その民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるっている。

43 しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、

44 あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、すべての人の僕とならねばならない。

45 人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである」。 

ピリピ2:6-9

6 キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、

7 かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、

8 おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。 

 勿論、御子イエスは地上においても、真の意味で「王」であり続けた。しかしそれは決して民が自分勝手に求めていた王(ヨハネ6:14-15;26参照)ではなく、地上の権力者に全く動じることなくひたすら真理に仕え、真理を証しする、御心に適った王であった。

ヨハネ18:33-37

33 さて、ピラトはまた官邸にはいり、イエスを呼び出して言った、「あなたは、ユダヤ人の王であるか」。

34 イエスは答えられた、「あなたがそう言うのは、自分の考えからか。それともほかの人々が、わたしのことをあなたにそう言ったのか」。

35 ピラトは答えた、「わたしはユダヤ人なのか。あなたの同族や祭司長たちが、あなたをわたしに引き渡したのだ。あなたは、いったい、何をしたのか」。

36 イエスは答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない」。

37 そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」。 

 御子イエスが「同胞を見くだして、高ぶることなく、また戒めを離れて、右にも左にも曲ることなく」、もしろ彼ら、つまり人間を愛し、彼らのために自らの命を捧げたことが、「真理の王」として律法の要求を完璧に成就していることを証ししている。

 預言者サムエルは民に対して、王が課すことになる「重いくびき」について警告し、その「重いくびき」の故に民が助けを求めても主は答えないだろう、と脅した。それでも民はサムエルの言葉に耳を傾けず、王を求めた。そしてイスラエルの民の歴史は、サムエルの警告が間違っていなかったことを証明している。何より、罪びとが真の王が統治することを拒み、十字架に架けて殺したことが、その罪深さを示している。

ヨハネ19:14-16

14 その日は過越の準備の日であって、時は昼の十二時ころであった。ピラトはユダヤ人らに言った、「見よ、これがあなたがたの王だ」。

15 すると彼らは叫んだ、「殺せ、殺せ、彼を十字架につけよ」。ピラトは彼らに言った、「あなたがたの王を、わたしが十字架につけるのか」。祭司長たちは答えた、「わたしたちには、カイザル以外に王はありません」。

16 そこでピラトは、十字架につけさせるために、イエスを彼らに引き渡した。彼らはイエスを引き取った。

 しかしそのような頑な人間に対して、神の憐みは絶えることはなかった。真の王である御子を遣わして、不信の罪の重いくびきからの解放を約束してくださっているのである。

マタイ11:28-30

28 すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。

29 わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。

30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。