an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

神が選ぶ道

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出エジプト13:17-18

17 さて、パロが民を去らせた時、ペリシテびとの国の道は近かったが、神は彼らをそれに導かれなかった。民が戦いを見れば悔いてエジプトに帰るであろうと、神は思われたからである。

18 神は紅海に沿う荒野の道に、民を回らされた。イスラエルの人々は武装してエジプトの国を出て、上った。 

 17節にある「ペリシテびとの国の道」は、青銅器時代(紀元前約3500ー1500年)にはすでにエジプトとメソポタミアを結ぶ主要道路であった地中海沿岸を通る「Via Maris(海の道)」である。(カラーの地図の青い線。赤い線は、「Via Regia(王の道)」で、ともにエジプトとメソポタミアの間の商業道路として利用されていた。)

ペリシテびとの国の道は近かった 

 確かに、エジプトのメンフィスから「海の道」を通って、預言者ヨナがタルシシに向かう船に乗ったので有名な地中海沿岸の港町ヨッパまでは、約600KMだから(600kmというと、東京から岡山、もしくは青森までの距離である)、シナイ半島を南下してその後また荒野を北上するよりは、直線的にペリシテびとが住んでいたカナンの地に近かった。

 現代人が想像する道路に比べたら、「田舎の小道」程度かもしれないが、老人や女、子供そして家畜を引き連れて、道なき荒野を歩くよりはまだましだったろう。何より断然短い時間で「約束の地」に到着することができたはずだった。

 しかし「神は彼らをそれに導かれなかった」。主なる神が、力強い御手をもってエジプトの奴隷生活から解放したイスラエルの民に備えていた道は、約束の地へ最短距離で行ける「海の道」でも、多くに王たちが通った「王の道」でもなかった。

 イスラエルの民は荒野において、自分たちの神をどのように礼拝し、どのように仕えるべきかを教える律法の言葉を受け取らなければならなかったからである。

 神が私たちのために選ぶ道に「遠回りの道」はない。

詩篇119:17;67

17 苦しみにあったことは、わたしに良い事です。

これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。 

67 わたしは苦しまない前には迷いました。しかし今はみ言葉を守ります。 

へブル12:3-13

3 あなたがたは、弱り果てて意気そそうしないために、罪人らのこのような反抗を耐え忍んだかたのことを、思いみるべきである。

4 あなたがたは、罪と取り組んで戦う時、まだ血を流すほどの抵抗をしたことがない。

5 また子たちに対するように、あなたがたに語られたこの勧めの言葉を忘れている、「わたしの子よ、主の訓練を軽んじてはいけない。主に責められるとき、弱り果ててはならない。

6 主は愛する者を訓練し、受けいれるすべての子を、むち打たれるのである」。

7 あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。いったい、父に訓練されない子があるだろうか。

8 だれでも受ける訓練が、あなたがたに与えられないとすれば、それこそ、あなたがたは私生子であって、ほんとうの子ではない。

9 その上、肉親の父はわたしたちを訓練するのに、なお彼をうやまうとすれば、なおさら、わたしたちは、たましいの父に服従して、真に生きるべきではないか。

10 肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが、たましいの父は、わたしたちの益のため、そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。

11 すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。

12 それだから、あなたがたのなえた手と、弱くなっているひざとを、まっすぐにしなさい。

13 また、足のなえている者が踏みはずすことなく、むしろいやされるように、あなたがたの足のために、まっすぐな道をつくりなさい。