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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

生けるキリストを求めて(38)主なる神の声を聞き分けたアブラハム

生けるキリストを求めて(旧約聖書の中のキリスト)

創世記22:1-3

1 これらの事の後、神はアブラハムを試みて彼に言われた、「アブラハムよ」。彼は言った、「ここにおります」。

2 神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。

3 アブラハムは朝はやく起きて、ろばにくらを置き、ふたりの若者と、その子イサクとを連れ、また燔祭のたきぎを割り、立って神が示された所に出かけた。 

 アブラハムがペリシテびとの土地(ヨルダン川西側の土地)で寄留してどのくらい時間が経ったかは書かれていないが、イサクが成長して「わらべ(נער na‛ar)」と呼ばれる年頃になっていたから、おそらくイサクが生まれてから十年は経っていたのではないだろうか。聖書にはその期間のアブラハムの生活について何も記していない。特筆するべき出来事がない、安泰な日々だったのだろう。ゲラルのアビメレク王とも和平協定を結び、悩みの種でもあったイシマエルと彼の母ハガルも居なくなっていた。

 そのような長い安泰の年月の後、突然、主なる神はアブラハムに語りかけたのである。そしてアブラハムはその呼びかけに対して、すぐ「ここにおります」と答え、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」という、親にとってはあまりにも理不尽な命令に対して、全く疑い様子もなく聞き従い実行に移したのである。

 このアブラハムの応対は、彼がその安泰である意味「平凡」な年月においても、主なる神との祈りにおける交わりを決して疎かにせず、絶えず「神の声」を聞き続けていたことを暗示している。そうでなかったら、アブラハムは神の呼びかけに対して迅速に反応し、その命令が神からのものと信じることはできなかっただろう。むしろ「神は私の子孫が天の星の数ほど増えるという約束をくださったから、イサクを燔祭として捧げろ、などという命令はサタンから来るものだ」と判断していたはずである。

 同じことは、アブラハムがモリヤの山頂でイサクを捧げるために刃物をとって振りかざた時にも言える。もしアブラハムが「神の声」を慣れ親しんでいなかったら、それを止めようとした御使いの声に対して、「サタンよ、退け。これは主なる神の命令である」と答え、その手を止めることはなかったであろう。

創世記22:10-12

10 そしてアブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、

11 主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。

12 み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。 

 現在のように聖書も教会もない時代に、アブラハムは日々の祈りにおいて神の声を聞き、個人的な交わりによって神自身を知ることを怠らなかったのである。

ヨハネ10:1-5;14-16

1 よくよくあなたがたに言っておく。羊の囲いにはいるのに、門からでなく、ほかの所からのりこえて来る者は、盗人であり、強盗である。 

2 門からはいる者は、羊の羊飼である。

3 門番は彼のために門を開き、羊は彼の声を聞く。そして彼は自分の羊の名をよんで連れ出す。

4 自分の羊をみな出してしまうと、彼は羊の先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、彼について行くのである。

5 ほかの人には、ついて行かないで逃げ去る。その人の声を知らないからである」。

14 わたしはよい羊飼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている。

15 それはちょうど、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。そして、わたしは羊のために命を捨てるのである。

16 わたしにはまた、この囲いにいない他の羊がある。わたしは彼らをも導かねばならない。彼らも、わたしの声に聞き従うであろう。そして、ついに一つの群れ、ひとりの羊飼となるであろう。

 恵みの時に生きる私達には、神の啓示である聖書と、その聖書の理解を助けてくれる聖霊が与えられている。特筆するべきことない日常の中でも、私達と共に歩み、語りかけてくださる御子イエス・キリストと交わりを、もっともっと大切にしていきたい。必ず来る試練の時に、神の声を聞き分け、迷わず御心に従えるために。終わりの時代の背教の雑音のなかで、主の再臨の合図の声を聞き分け、天に心を向けることができるように。