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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

生けるキリストを求めて(32)自己保身の霊

創世記12:10-13

10 さて、その地にききんがあったのでアブラムはエジプトに寄留しようと、そこに下った。ききんがその地に激しかったからである。

11 エジプトにはいろうとして、そこに近づいたとき、彼は妻サライに言った、「わたしはあなたが美しい女であるのを知っています。

12 それでエジプトびとがあなたを見る時、これは彼の妻であると言ってわたしを殺し、あなたを生かしておくでしょう。

13 どうかあなたは、わたしの妹だと言ってください。そうすればわたしはあなたのおかげで無事であり、わたしの命はあなたによって助かるでしょう」。 

創世記20:11-13

11 アブラハムは言った、「この所には神を恐れるということが、まったくないので、わたしの妻のゆえに人々がわたしを殺すと思ったからです。

12 また彼女はほんとうにわたしの妹なのです。わたしの父の娘ですが、母の娘ではありません。そして、わたしの妻になったのです。

13 神がわたしに父の家を離れて、行き巡らせた時、わたしは彼女に、あなたはわたしたちの行くさきざきでわたしを兄であると言ってください。これはあなたがわたしに施す恵みであると言いました」。 

 これらの二つのエピソードは、アブラハムが自分の妻サラのことを妹だと言って自分の命を守ろうとしたものである。一度目は、飢饉によってカナンの地からエジプトへ下り、パロの前で語ったケースで、二度目はカナンの地のゲラルの王アビメレクの前で語ったものである。

 ここでアブラハムの自己保身のための虚偽を指摘することは簡単かもしれないが、それはあくまで現代に生きる私達も同様の誘惑を受けているという自覚の上でなされなければならない。物質的必要が押し迫り、全ての扉が閉ざされている時、信仰者は倫理的アイデンティティーに対する激しいプレッシャーを受けることが多々ある。また非常にデリケートな問題に対して自分の立場を明確に提示することが求められた時、「空気を読む」「事を荒立てない」という選択肢は、心の中で瞬時に聖霊の光と導きを祈り求めることよりも「常識的」と判断する性質が、確かに私達の中に根強く存在するのである。

 エルサレムが廃墟となっていることに心を痛めていたネヘミヤは、自分が仕えていた異教の王の質問に恐れたが、瞬間的な祈りによって真に畏れるべき神に導きを求めた。

ネヘミヤ2:1-5

1 アルタシャスタ王の第二十年、ニサンの月に、王の前に酒が出た時、わたしは酒をついで王にささげた。これまでわたしは王の前で悲しげな顔をしていたことはなかった。

2 王はわたしに言われた、「あなたは病気でもないのにどうして悲しげな顔をしているのか。何か心に悲しみをもっているにちがいない」。そこでわたしは大いに恐れて

3 王に申しあげた、「どうぞ王よ、長生きされますように。わたしの先祖の墳墓の地であるあの町は荒廃し、その門が火で焼かれたままであるのに、どうしてわたしは悲しげな顔をしないでいられましょうか」。

4 王はわたしにむかって、「それでは、あなたは何を願うのか」と言われたので、わたしは天の神に祈って

5 王に申しあげた、「もし王がよしとされ、しもべがあなたの前に恵みを得ますならば、どうかわたしを、ユダにあるわたしの先祖の墳墓の町につかわして、それを再建させてください」。 

 激しいプレッシャーの中で神の導きを求め、彼からの答えに正しく応答するには、ローマ総督ピラトの前で大胆に証しをし、恐れることなく自らのアイデンティティーを明らかに語った御子イエス・キリストの霊に、普段から交わりの時を持つ必要がある。

ヨハネ18:33-37

33 さて、ピラトはまた官邸にはいり、イエスを呼び出して言った、「あなたは、ユダヤ人の王であるか」。

34 イエスは答えられた、「あなたがそう言うのは、自分の考えからか。それともほかの人々が、わたしのことをあなたにそう言ったのか」。

35 ピラトは答えた、「わたしはユダヤ人なのか。あなたの同族や祭司長たちが、あなたをわたしに引き渡したのだ。あなたは、いったい、何をしたのか」。

36 イエスは答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない」。 

37 そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」。 

Ⅱテモテ1:6-8

6 こういうわけで、あなたに注意したい。わたしの按手によって内にいただいた神の賜物を、再び燃えたたせなさい。

7 というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである。

8 だから、あなたは、わたしたちの主のあかしをすることや、わたしが主の囚人であることを、決して恥ずかしく思ってはならない。むしろ、神の力にささえられて、福音のために、わたしと苦しみを共にしてほしい。