読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

聖書を読む

f:id:eastwindow18:20131122220944j:plain

「脳の右側で描け」のワークショップで自画像を描いたよ:小鳥ピヨピヨ

 随分昔に、ここでも紹介されているベティ・エドワーズ著『脳の右側で描け』を購入し、実践したことがあるが、「目の前にある物を見る」とはどういうことか考える意味で、本当に面白くて役に立つ本である。

 目からは大量の情報が入っているのだが、実際は脳の中で多くのフィルターにかけられ、「必要」だと判断された情報だけを認識している。上述のブログで実践されていることを試してみるとすぐ納得できるが、私達は自分達で思っているほど「見ていない」のである。例えば手の平の皺を一本一本、目でゆっくり追いかけ、一枚の紙に画面を見ないで描いてみると、すぐに脳が「何ぐずぐずしているんだ。それは『皺』だよ。『しわ』。もういいから次へ行こう」とそわそわし始めるのが実感できる。

 確かに観念的フィルターは必要で、もしそれが無かったら、目の前の全ての現象にフォーカスしている状態となり、通常の生活が不可能になるだろう。しかし、「見えていると自分が思い込んでいるものを本当に見るようになるため」には、ある程度「フィルターの外し方」を習得する必要がある。

 実は聖書を読む際にも同じようなことが起きていて、ある程度の知識を持つと、その知識によるフィルターを透した状態で聖書を読むので、「目の前に書かれていることを読んでいるのだが実は読んでいない」事態が頻繁に発生する。例えば、自分が重要だと考える聖句に焦点を当てているだけで、その前後の聖句を読み流してしまうことがある。もう少し意識的なケースでは、自分の考えをサポートする聖句は良く知っているが、その反対の場合は完全に無視してしまうとか、様々な例がある。

詩篇119:14-16(新改訳)

14 私は、あなたのさとしの道を、どんな宝よりも、楽しんでいます。

15 私は、あなたの戒めに思いを潜め、あなたの道に私の目を留めます。

16 私は、あなたのおきてを喜びとし、あなたのことばを忘れません。

(新共同訳)

14 どのような財宝よりも/あなたの定めに従う道を喜びとしますように。

15 わたしはあなたの命令に心を砕き/あなたの道に目を注ぎます。

16 わたしはあなたの掟を楽しみとし/御言葉を決して忘れません。 

 聖書を「どんな宝よりも楽しみ」「思いを潜め」「心を砕き」「目を注ぎ」 「忘れない」。「借り物のフィルター」や「自己満足のフィルター」を取り外し、焦らずじっくり時間をかけて丹念に、一句一句、自分の心の目で読んでいこう。冒頭の写真の女の子のように。