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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

生けるキリストを求めて(25)「アブラハムと語り終え、のぼられた」神

創世記17:22

神はアブラハムと語り終え、彼を離れて、のぼられた。  

 一体今まで何度、この節を読んできたことだろうか。しかし今回、初めてこの節を「発見した」感じである。

 アブラム(アブラハム)が九十九歳の時、主なる神はアブラムに現われ、彼に以下の啓示を与えた。

  • 全能の神としての啓示

17:1

アブラムの九十九歳の時、主はアブラムに現れて言われた、「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。 

  • 神とアブラムとの間の契約、子孫の増加

17:2

わたしはあなたと契約を結び、大いにあなたの子孫を増すであろう」。

  • 契約の内容と成立の証明としてのアブラムの改名

創世記17:3-8

3 アブラムは、ひれ伏した。神はまた彼に言われた、

4 「わたしはあなたと契約を結ぶ。あなたは多くの国民の父となるであろう。

5 あなたの名は、もはやアブラムとは言われず、あなたの名はアブラハムと呼ばれるであろう。わたしはあなたを多くの国民の父とするからである。

6 わたしはあなたに多くの子孫を得させ、国々の民をあなたから起そう。また、王たちもあなたから出るであろう。

7 わたしはあなた及び後の代々の子孫と契約を立てて、永遠の契約とし、あなたと後の子孫との神となるであろう。 

8 わたしはあなたと後の子孫とにあなたの宿っているこの地、すなわちカナンの全地を永久の所有として与える。そしてわたしは彼らの神となるであろう」。 

  • 契約の義務(割礼)

創世記17:9-14

9 神はまたアブラハムに言われた、「あなたと後の子孫とは共に代々わたしの契約を守らなければならない。あなたがたのうち

10 男子はみな割礼をうけなければならない。これはわたしとあなたがた及び後の子孫との間のわたしの契約であって、あなたがたの守るべきものである。

11 あなたがたは前の皮に割礼を受けなければならない。それがわたしとあなたがたとの間の契約のしるしとなるであろう。

12 あなたがたのうちの男子はみな代々、家に生れた者も、また異邦人から銀で買い取った、あなたの子孫でない者も、生れて八日目に割礼を受けなければならない。

13 あなたの家に生れた者も、あなたが銀で買い取った者も必ず割礼を受けなければならない。こうしてわたしの契約はあなたがたの身にあって永遠の契約となるであろう。

14 割礼を受けない男子、すなわち前の皮を切らない者はわたしの契約を破るゆえ、その人は民のうちから断たれるであろう」。

  • 契約成立の証明としてのサライの改名

創世記17:15,16

15 神はまたアブラハムに言われた、「あなたの妻サライは、もはや名をサライといわず、名をサラと言いなさい。

16 わたしは彼女を祝福し、また彼女によって、あなたにひとりの男の子を授けよう。わたしは彼女を祝福し、彼女を国々の民の母としよう。彼女から、もろもろの民の王たちが出るであろう」。

  • 契約の相続人としてのイサク誕生の約束

創世記17:19-21

19 神は言われた、「いや、あなたの妻サラはあなたに男の子を産むでしょう。名をイサクと名づけなさい。わたしは彼と契約を立てて、後の子孫のために永遠の契約としよう。

20 またイシマエルについてはあなたの願いを聞いた。わたしは彼を祝福して多くの子孫を得させ、大いにそれを増すであろう。彼は十二人の君たちを生むであろう。わたしは彼を大いなる国民としよう。

21 しかしわたしは来年の今ごろサラがあなたに産むイサクと、わたしの契約を立てるであろう」。

  このように神はアブラハムとサラと永遠の契約を結び、彼らの子孫に関わる重要な約束を提示したのであった。彼らは改名された自分達の名前を口にする度に、まるで自分でサインした契約書を読むように、神の契約と約束を再確認することができたのである。

 私が今回興味深いと思った点は、神がこれらのことをアブラハムに語った後、「彼を離れて、のぼられた。」という表現である。神は霊であるから物理的位置に限定されることはなく、どこにでもいて、どこか限定的な場所にいて他の場所にはいない、ということない。「全能の神」だから、メッセージを届けるためにアブラハムがいるところまで「降りていく」必要なかったし、語り終えた後「のぼられる」必要もなかったのである。

 アブラハムと契約を結び、「契約の義務」と「祝福の約束」を啓示するために、アブラハムとサラのところへ「降りてきて」、また「のぼられた」神の啓示は、人となった御子イエス・キリストの予示である。御子自身が肉体をもって地上に来られ、十字架の犠牲の死によって、その流した血(命の代価を示す)をもって、アブラハムの子孫とだけではなく、信じる者すべてに対して「新しい契約」を啓示した。

マタイ26:27,28

27 また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、「みな、この杯から飲め。

28 これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である。

ルカ22:20

食事ののち、杯も同じ様にして言われた、「この杯は、あなたがたのために流すわたしの血で立てられる新しい契約である。

Ⅰコリント11:25

食事ののち、杯をも同じようにして言われた、「この杯は、わたしの血による新しい契約である。飲むたびに、わたしの記念として、このように行いなさい」。 

へブル8:6

ところがキリストは、はるかにすぐれた務を得られたのである。それは、さらにまさった約束に基いて立てられた、さらにまさった契約の仲保者となられたことによる。

へブル12:24

新しい契約の仲保者イエス、ならびに、アベルの血よりも力強く語るそそがれた血である。

 そしてその御子を信じる者は、アブラハムの子孫のような肉体に対する割礼ではなく、「心の割礼」、つまり「キリストの割礼」によって、古い自分に死に、キリストの復活によって「全く新しいいのち」によみがえるのである。

コロサイ2:11,12

11 あなたがたはまた、彼にあって、手によらない割礼、すなわち、キリストの割礼を受けて、肉のからだを脱ぎ捨てたのである。

12 あなたがたはバプテスマを受けて彼と共に葬られ、同時に、彼を死人の中からよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、彼と共によみがえらされたのである。  

 その「新しい命」に生まれ変わる「新生体験」によって、信じる者は新しいアイデンティティーを実現する。それはアブラハムが契約を通して新しい名前を神から授かったように、まさしくキリストにおける全く新しい人生の始まりなのだ。

ガラテヤ2:19、20

19 わたしは、神に生きるために、律法によって律法に死んだ。わたしはキリストと共に十字架につけられた。

20 生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。 

 そして復活したキリストが天に引き上げられ、神の栄光の御座に座られたように、定められた時になったら、キリストの花嫁である教会を地上から携挙するために再臨されるであろう。

使徒1:9-11

9 こう言い終ると、イエスは彼らの見ている前で天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった。

10 イエスの上って行かれるとき、彼らが天を見つめていると、見よ、白い衣を着たふたりの人が、彼らのそばに立っていて 

11 言った、「ガリラヤの人たちよ、なぜ天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」。