他人によって塗られた色
詩篇51:7
ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。
わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう。
イザヤ1:18
主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。
たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。
紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。
Ⅰヨハネ1:9
もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。
人は自分自身の罪や過去の過ちによって「心や体が穢れてしまった」とひそかに苦しむ。普段の仕事や生活で忙しくしている時に忘れてしまっているが、ふと一人でいるとき、「心の呻き」が強烈に噴出して思わず叫びそうになる。
しかし自分自身の罪による「穢れ」だけではなく、「他人が勝手に塗った色」によって苦しい思いをすることもある。その「色」はひどく汚い色である場合もあるし、きれいな色ではあるが、自分自身の現実を反映していないことで重い負担となったりする。
イエス・キリストの死と復活を信じることによって、私達の心は自分自身の罪による「穢れ」からも、また「他人によって塗られた色」からさえも清められ、「雪のように白く」なるのである。
それは新生の経験の時に限定される恵みではなく、信仰者が日々必要とする恵みである。
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