『The Missing Picture』
「人形」だからこそ語れる、大虐殺の恐怖:映画『消えた画』のもつ説得力 « WIRED.jp
「大虐殺で受けた痛みは死ぬまで残る。
時間とともに鋭くなるかもしれない。
わたしたちは痛みと共存するすべを学ぶ必要があった」
「とても大きな波にのまれ、一度死んだような感覚だった。
いまはもう一度生まれなおし、死を抱えながら生きている」
「カンボジアの人々が抱えているものは、
『恨み』などの言葉で表現できるものではない。
終わりがない、果てしなく大きな悲しみだ。
わたしは自分のなかでうまく管理し、折り合いをつけている。
生きることに前向きなので、ときに忘れることもある。
一方で、とても大きな波に飲まれているとも感じる。
痛みをいつも感じるわけではないが、
10年、15年を経てもまだ出るものではないだろうか」
記憶は毎日の作業だ。
日々かたちを変え、進化している。
わたしたちのように悲劇を経験した人間に必要なものだ。
ただし記憶と真実は別物だ。
わたしたちは過去は思い出すしかない。
将来の自分を再構築するため、記憶が必要不可欠なのだ」
一度死に、死を抱えながら新しい命を生きる。
痛みとの共存。
過去と毎日向き合う、将来の自分のために。