an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

不合理な質問

 『子供のような心』の中で、弟子達はイエス・キリストに「なぜいちじくの木を呪い、枯らせたのですか」とは聞かず、「いちじくがどうして、こうすぐに枯れたのでしょう」と質問したという点に関して、イエス・キリストの絶対的権威という観点で考察した。

 しかし読者の中には納得できずに、「なぜイエスは、実がなる季節ではなかったのにいちじくの木を呪ったのか」「なぜ罪のないいちじくの木が呪われなければいけなかったのか」という疑問が頭から離れない人もいるかもしれない。

 そのような人は、少しだけ視点を変えて、もう一つの、さらに「不合理な質問」を心の中で問いかけてみて欲しい。

 『なぜ、「神と人を喜ばす実」を豊かにつけていた罪のない御子イエスが、十字架の上で呪われなければいけなかったのか』という問いを・・・。