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夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

自殺は罪である

出エジプト20:13

あなたは殺してはならない。

  今日ある求道者の女性から、自殺した友人のために祈って欲しい、とリクエストを受けた。多くのイタリア人同様、カトリックの教えを受けてきたこの求道者は、既にこの地上の人生を終えた人たちのために祈ることができ、祈りによって彼らの死後の状況を変えることができると信じていた。彼女の神経を逆なでしてしまうのを覚悟の上で、「一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっている」(へブル9:27)、つまり地上に残された人間の祈りや思いが地上の人生を終えた人々の永遠の運命を変えることができないこと、そして「自殺は罪である」ことを説明した。 

 地上に残された人間、特にキリストの救いの恵みに与っている人間のすべきことは、隣人が神から授かった人生をキリストの愛と力によって最後まで全うすることを励まし合うことである。たといそれがひどく辛い人生であったとしても、キリストはそれを栄光に変えることができることを実体験しているからである。それが「自分を愛するように隣人を愛する」ということである。

 もし私達が幾ら気を遣って同情して祈ってみたり、また、自殺に関する聖書の教えを隠したり、聖句を歪曲して解釈し、詭弁を用いて自殺を擁護したところで、すでに亡くなった方の運命を変えることは誰にもできない。それならば、同じ愛情と知識を用いて、今現在地上に生きていて苦しんでいる人々が自殺という殺人行為を絶対に犯さないようにすること、どのような絶望的状況においても十字架につけられた御子イエス・キリストの恵みによって生きていくことができること、そのような愛と命の福音を共有していくべきである。

 教会に中で起きた自殺に対して、「人情的な対処」をしたために、同じような自殺の再発をゆるしてしまった教会を知っている。同じ過ちを犯してはならない。

Ⅰコリント3:16,17

16 あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。 

17 もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。 

 Ⅰコリント6:19,20

19 あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。 

20 あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい。

 

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