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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

安息日に関する考察(1)

 「安息日の教え」に関して、いくつかの記事のコメント欄で意見を書いてきたが、ここでは一つのシリーズ記事として、天地創造の七日目の休息に関する記述からはじめ、律法の中の戒律としての「安息日」を検証し、御子イエス・キリストと安息日問題、そして使徒パウロの見解などに関して考えてみたい。

 

1.天地創造の第七日目の休息の意味

創世記2:1-3

1 こうして天と地と、その万象とが完成した。 

2 神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。 

3 神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。 

 2節の「作業(わざ、仕事、働き)」も3節の「(創造の)わざ」も、同じ原語【מְלָאכָה melâ'kâh】であり、単数形である。そしてその単語は全て「彼の作業」と強調されており、つまり「創造のわざ」が神自身のものであることが示されている。

 主なる神が第七日目に休まれたのは、六日間で天と地とその万象に関わる全ての創造のわざを完成させ、終えたからである。主なる神が天地創造のわざを実行し、完成させたから、神が休まれたのである。ここでは人間が神と共に休んだとも、主なる神が人間に休むように命じたとも書かれていない。これは非常に重要なポイントである。

 さらに主なる神は純粋な霊であり、人間のように疲れることはなく、休息が必要な方ではないからである。

イザヤ40:28

あなたは知らなかったか、あなたは聞かなかったか。主はとこしえの神、地の果の創造者であって、弱ることなく、また疲れることなく、その知恵ははかりがたい。 

 つまり七日目の神の安息は、「ご自身のわざの完成」、そして「その完成に対する満足」、そして「祝福」を示していると言える。その後、主なる神が七日に一度休んだという啓示がないのは、神は「定休日」を定めて休む必要がないという面だけではなく、何より神の創造のわざ自体が六日目で完成されていたからである。

 実際、天地創造の第七日目の休息の後、モーセを通してイスラエルの民に律法が与えられるまでの期間で、「安息日」に関する言及は全くなく、また神の七日目の安息に倣ってその時期に生きた信仰者が「安息日」を実践していたという記録もない。

 具体的に言うと、罪を犯し楽園を追放されたアダムとエバからはじまり、セツやエノク、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、エジプトに移住したヤコブの家族、東方のヨブなどが「安息日」を実践していたという記述はない。彼らも私たち同様に生きるために労働し、肉体的休息を必要とし、さらに生ける神との交わりの時が必要であったにも関わらず、である。

 罪を犯したがゆえ「額に汗してパンを食べる」ことになったアダムに皮の着物(動物の犠牲にしてでも、裸であったアダムとエバを覆うという、神の愛のしるし、さらに御子による贖いの予型である)を備えてくださった主なる神は、彼らに安息日を制定することもできたはずである。

 ノアの時代の大洪水によって「再スタート」した時点で、主なる神は残されたノアの家族に「安息日」を制定することもできたはずである。実際、大洪水に関する記述には、他ではほとんど見当たらないような、非常に詳細な日付が数多く書かれており、「新しいカレンダー」を始めるにこれほど適切なタイミングはなかったはずである。

創世記8:4-5;13-14

4 箱舟は七月十七日にアララテの山にとどまった。

5 水はしだいに減って、十月になり、十月一日に山々の頂が現れた。

13 ノアの生涯の第六百一年の第一の月の一日になって、水は地上からかわき始めた。ノアが、箱舟のおおいを取り去って、ながめると、見よ、地の面は、かわいていた。

14 第二の月の二十七日、地はかわききった。 

 例えば、「ノアの生涯の第六百一年の第一の月の一日」を基準に、第七日を数えて安息日に定めるとか、ノアの家族が箱舟から出た日から数えるとか、できたはずであるが、実際には主なる神はノアに対してそのような教えを残さなかった。

 また17歳の時、エジプトに奴隷として売られたヨセフは、神の計画によりファラオ王に次ぐ権威を持つ地位まで引き上げられ、エジプト全国を統治する圧倒的な権力(彼は主なる神の啓示に従い、全国の食糧生産と管理の「7プラス7年計画」を制定するほどであった)を持つに至ったのだが、もしそのヨセフが父ヤコブのもとで安息日を幼い時から実践していたとしたら、それをエジプトに制定することもできたはずである。しかもヨセフ自身、13年間も奴隷としての不自由を経験していたのなら、なおさらのことである。しかし聖書にはヨセフが安息日を実践したという記述はない。

 勿論、安息日に関してアダムの堕落から出エジプトの時代に関して聖書に明確に記録されていないからと言って、それを実践していなかった、と100%断定することできないかもしれないが、肯定することはそれ同様にできないはずである。

 むしろ聖書はアダムとエヴァが罪を犯した後、神自身によって完成され、「はなはだ良い」と満足し、祝福し、休息した状態から追い出され、恨みと産みの苦しみ、呪われた地と苦役、そして罪と死が支配する世界、つまり神のいのちと安息から隔離された世界へと追放されたのである。

 それは見方を変えると、創造のわざの段階から神の贖いのわざの段階に入ったことを示している。勿論、神は天地創造の前から御子による贖いの計画を立て、その為に万物を創造したのだが、神が悪や罪や死を創造したのではなく、それらの要素が御使いと人間の堕落によってこの世に入った段階において、神の計画の第二番目の段階に入ったのである。神自らが罪を犯した人間へ近づいていき、「あなたはどこにいるのか」と声をかけ(主なる神は全知の神であるから、「探す」必要などなかった)、御子の贖いの計画を預言し、動物を屠ってその皮で着物を造り人間に着せたのは、その贖いのわざの「はじまりの顕れ」だと言える。

創世記3:8-9;14-15;21

8 彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。 

9 主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。 

14 主なる神はへびに言われた、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。 

15 わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」。 

21 主なる神は人とその妻とのために皮の着物を造って、彼らに着せられた。

 そしてその贖いのわざは、御子を通して今も続いており、贖いの完成である、義の住む新しい天と新しい地の創造の時まで継続されるものである。御子が地上において安息日にも人々の魂の救いと安息のために働いておられたのは、そのためである。

ヨハネ5:16-17

16  そのためユダヤ人たちは、安息日にこのようなことをしたと言って、イエスを責めた。 

17 そこで、イエスは彼らに答えられた、「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」。

 

(2)へ続く