an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

Amir Tsarfati(アミール・ツァルファティ)氏に関する考察

 Amir Tsarfati氏の『中東問題に関する聖書預言』について - an east windowの記事を準備する段階で、Tsarfati氏がどのような人物であるかをインターネット上で調べてみたが、それは氏の経歴や言動を見て素朴な疑問が生れたからである。「イスラエル国防軍(IDF)の諜報局の少佐という公の立場の人間、しかもユダヤ教徒でなくキリスト教徒である人物が、なぜ近隣のイスラム諸国に関連する非常にデリケートなテーマを話しているのだろうか」という疑問である。「素朴な疑問」と書いたが、よく考えるとかなり複雑な要素が絡んでいると思ったので、まず自分の中で整理するためにその疑問を「分解」してみた。

  1. イスラエル国防軍(IDF)は、ユダヤ教徒以外でも入隊を認めているということになるが、公式な立場はどうなのだろうか。例えば、イスラム教徒でも入隊が認められているのだろうか。
  2. 仮にイスラム教徒の入隊が認められているとしても、Tsarfati氏のような諜報局で責任ある立場につけるのだろうか。また彼が発言しているように、近隣の諸国に関して自由に「自分の意見」を世界中に向けて発言することが許されるだろうか。(それはもし彼がイスラム教徒だったら、その発言内容が全く異なるはずだと思うからである。) 例えば、日本の防衛省情報本部の所属する人物、しかも日本における宗教的観点ではマイノリティーに属するキリスト教徒が、世界各地の教会で、極東における日本と近隣諸国の政治・軍事情報を自由に講演することをイメージしてみてほしい。
  3. Tsarfati氏にその発言が許されているということは、彼の意見がイスラエルの国家安全保障上、許容範囲もしくは同調性をもっているということである。確かに無千年期説ではなく千年期前再臨説を説くならば、地上におけるイスラエルの再建を信じるはずだから、その意味で現在の政治国家であるイスラエルの国益上の問題はでてこないはずである。(追記1) それでは、もしTsarfati氏がキリスト教徒として使徒パウロのように同胞ユダヤ人の悔い改めの絶対的必要性を公に説いていたら、IDFは彼のキャリアを容認しただろうか。
  4. Tsarfati氏は、キリスト教徒を対象にして行っているようなコンファレンスを、世界中にいる同胞のユダヤ人に対しても行っているのだろうか。

 他にも連鎖的に色々な疑問や推測が出てくるが、とりあえずIDFについて調べてみた。イスラエル国防軍 - Wikipediaには、職業としてではなく、「兵役義務」という観点で以下のような記述がある。(黒字強調は引用者による。)

イスラエルでは女性にも兵役義務があることなどから"全国民に兵役義務がある"と誤解されている例もあるが、実際には兵役義務を持つのはイスラエル在住のユダヤ人(ユダヤ教徒)と、イスラム教ドゥルーズ派の教徒のみである。キリスト教徒やその他のムスリムなどは兵役義務を有しない。また、ユダヤ教徒やドゥルーズ派教徒であれば、イスラエルの国籍を有していなくても、イスラエルに在住しているだけで兵役義務が発生する事も特徴的である。

 なぜ他のイスラム教徒とは異なり、イスラム教の一派ドゥルーズ教徒だけが兵役義務が課されているかは、ドゥルーズ派 - Wikipediaにおいて説明されている。

イスラエルにおけるドゥルーズ派

イスラエルにおいてもごく少数ながらジュリスなどにドゥルーズ派の住民たちが存在している。ドゥルーズコミュニティは、イスラエル多数派のユダヤ人と「血の盟約」を結び、ドゥルーズ派の男性はイスラム教徒やキリスト教徒のアラブ人とは異なりイスラエル国防軍における兵役義務がある。2008年のテルアビブ大学によるドゥルーズコミュニティの若者に対する調査では、94%が「ドゥルーズ系イスラエル人」と自認している。

 また前述のIDFに関するウィキペディアには、さらにデリケートなテーマの記述もある。

宗教との関わり


イスラエル国防軍は建軍当初から、宗教との分離を誇ってきた。しかし、英国BBCの取材リポートによると[5]、ここ近年はユダヤ教の聖職者であるラビが、兵士たちに影響を与えているとイスラエル国内外で懸念されている。イスラエル国防軍の従軍ラビは、国防軍の新規則により、軍部隊の指揮官と連携して兵の士気を高める行為も担っている。従軍ラビは、軍の士官学校において軍事教練の他、ユダヤ人国家の兵士の精神を守ることを教えられ、いざとなれば一般の兵士と共に戦闘に参加する。これについて、聖職者であるラビと軍隊を一緒にすることに批判もある。
2008年末から始まったガザ戦争では、「この戦いは神のための戦いである」と書かれた冊子や旧約聖書が配られたと、ガザ戦争に従軍した退役将校ガル・エイナブが証言している。エイナブによれば、戦闘前には民間のラビと従軍ラビが同行し、まるで自分が十字軍の一員になったかのようで違和感を覚えたという。ガザ戦争では、従軍ラビは、数多くの宗教的な冊子を配った。冊子には「イスラエルは光の子供、パレスチナ人は暗黒の子供」などと記され、パレスチナ人をペリシテ人になぞらえるものもあった。
イスラエル軍は、冊子と軍のスタンスは関係は無く、従軍ラビも任務にのみ専念しているとしているが、冊子には軍のスタンプが押され、退役兵士のNPO団体「沈黙を破って」によれば、ガザ戦争中、従軍ラビは兵士に対して「残酷になれ。残酷になることは必ずしも悪いことではない」と説く者もいれば、今度の戦争の敵は、パレスチナ人だけではなく、イラン人やイスラエル国内に住むアラブ人も敵だと教える従軍ラビも居たと主張している。
こうしたラビの教えに影響を受けたイスラエル兵が、任務地であるヨルダン川西岸においてパレスチナ住民に対する人権侵害を行ったり、ガザ戦争における過剰な武力行使に繋がったとの見方もある。
イスラエル陸軍の元教育担当将校だったネヘミア・ダガンは、この事態を放置すれば、イスラエル国防軍が「神の軍隊」になってしまい、戦場にラビが行けば、その戦争はイスラーム過激派が掲げるジハードと同じになってしまうとしている。
また、ヨルダン川西岸やガザ地区を神から与えられた土地だと神学校で教えられているユダヤ教正統派の兵士たちが、もし政府が西岸入植地からの撤退を決断した際にその命令に従うのかという問題もある。
ガザ戦争でのイスラエル兵の士気向上に積極的な役割を果たしたのは当時従軍ラビ総長であったアビハイ・ロンツキである。ガザ戦争の折、ロンツキは戦時の合間に兵士や士官たちにトーラーを毎日学習させるための教科書をつくった。批判的な立場の人々からは前述のように「これではイスラム過激派が毎日クルアーンを暗記するほど熱心に学んで、ジハードを遂行していることとなんら違いがない」などの旨の指摘がある。

 建前としての政教分離の原則とはともかく、もしこのような現実がある環境ならば、イスラム教徒は論外だとしても、キリスト教徒であってもかなり厳しいものだろう。

 しかし最近は国策としてキリスト教徒のイスラエル市民をリクルートしているという記事をいくつも見つけた。

www.ibtimes.com

The Israeli military has also been increasing its efforts to recruit more Israeli Christians.

 また以下はIDFのオフィシャルブログにおける記事である。

www.idfblog.com

 「Israeli Christians Recruitment Forum」がナザレでオーガナイズしたイベントに90人近いキリスト教徒のイスラエル人の軍人が参加し、彼らにネタニヤウ首相じきじき、励ましのビデオ・メッセージを送っているというのは、とても印象深いことである。

 政治戦略的観点から判断するなら、中東において、また世界的にも孤立する傾向にあるイスラエルにとって、Tsarfati氏や他のキリスト教徒イスラエル人のような存在を取り込み推奨した方が、排他的戦略よりもはるかにメリットは大きいはずである。

 逆に言えば、キリスト教世界を自国の味方として取り込む戦略には、所謂「ボーンアゲイン・クリスチャン」のユダヤ人で、情報発信に欠かせない英語が堪能な諜報局員であるTsarfati氏は、これ以上ないほど最適な人材ではないだろうか。(Tsarfati氏のオフィシャルサイトのプロフィールのページに、「AMIR'S FRIENDS」として様々なクリスチャン・ミニストリーや神学校、牧師、著名人などの名が列挙されているのは、とても暗示的に思える。)

 キリスト教的良心の観点とは別に(良心は立場や信条によって随分異なるものである)、政治戦略的観点で言えばその選択は合理的なもので、自国の安全保障のために国に仕える軍の諜報機関は、そのような機能のためにも存在しているはずである。

 実際、彼が世界各地でオーガナイズしているコンファレンスと、イスラエル国内で企画しているキリスト教徒のための「イスラエル・ツアー」の二面性は、上記の戦略的観点から見ても非常に合理的なものだと思う。(彼の海外イベントと国内ツアーのスケジュールを見ると、軍の仕事の合間にやっているとは考えられないほど過密である。以下、2016/11/30の時点におけるスケジュールのスクリーンショットである。)

f:id:eastwindow18:20161130103927j:plain

 

 また以下の記事にあるように、「アラブ系キリスト教徒」を取り込むことによって、自国の安全を脅かす反イスラエルのイスラムから分離することは、意図的かどうかは別としても、イスラエル国家にとってメリットがあるはずである。

observer.com

 Tsarfati氏を純粋な心で推奨する方々にとって、私のような観点は不快感を覚えるものかもしれない。

 ただ、すべてのキリスト者同様に「狼の群れの中に送られた一匹の羊」の声として聞いてもらえたら、と思う。

マタイ10:16

わたしがあなたがたをつかわすのは、羊をおおかみの中に送るようなものである。だから、へびのように賢く、はとのように素直であれ。 

 

追記1(2018年5月22日)

>確かに無千年期説ではなく千年期前再臨説を説くならば、地上におけるイスラエルの再建を信じるはずだから、その意味で現在の政治国家であるイスラエルの国益上の問題はでてこないはずである。

 この表現には語弊があるかもしれない。旧約聖書において預言されている「イスラエルの再建」は、「イエス・キリストの千年王国」において成就するのであって、それは「イエスは救い主であり、王である」という信仰告白によって聖別されて実現する国であって、単純に現在の政治国家イスラエルの延長線上にあるのではない。

 しかし現代のユダヤ人が待ち望んでいるのは、御子イエスをメシアとして受け入れていないがゆえ、新約聖書が啓示する約束とはズレが生じているわけである。クリスチャン・シオニストが考慮していないか、もしくは敢えて顔を背けている点は、この点である。