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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

『Pope Francis Declares Lucifer As God』に関する反証(5)

聖書による検証 終わりの日の警告 知恵 カトリック教会関連

 今回のテーマを検証するにあたって旧約・新約の外典や偽典を読み調べているが、自戒のためにも以下の聖句が示している戒告を確認しておこうと思う。

Ⅰテモテ1:3-4

3 わたしがマケドニヤに向かって出発する際、頼んでおいたように、あなたはエペソにとどまっていて、ある人々に、違った教を説くことをせず、

4 作り話やはてしのない系図などに気をとられることもないように、命じなさい。そのようなことは信仰による神の務を果すものではなく、むしろ論議を引き起させるだけのものである。 

Ⅱテモテ4:3-4

3 人々が健全な教に耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、

4 そして、真理からは耳をそむけて、作り話の方にそれていく時が来るであろう。

テトス1:14

ユダヤ人の作り話や、真理からそれていった人々の定めなどに、気をとられることがないようにさせなさい。

Ⅱペテロ1:16

わたしたちの主イエス・キリストの力と来臨とを、あなたがたに知らせた時、わたしたちは、巧みな作り話を用いることはしなかった。わたしたちが、そのご威光の目撃者なのだからである。

 これらの聖句において「作り話」と和訳されているギリシャ語【μῦθος muthos】は、英語の【myth】やイタリア語の【mito】の語源であり、「神話、絵空事、作り話、伝説、寓話」を意味する。

 特に使徒パウロがギリシャ人の同労者テトスに対して「ユダヤ人の作り話」と特記していることや、エペソにいたテモテに対して「作り話」の横に「果てしのない系図」と列記しているように(自らのアイデンティティーの誇りを系図によって主張していたユダヤ人が使徒パウロの念頭にあったことは容易に想像できる)、これらの聖句における「作り話」が意味していることは、ギリシャ神話やローマ神話のような異教のものではなく、主にタルムードにおいて読むことができるようなユダヤ教から派生した言い伝えや解釈のことであろう。

 勿論、使徒パウロや使徒ペテロは「ユダヤ人の作り話」の明確な定義をしていないので、「ここまでが真理で、向こうは作り話」という一本の境界線を引くことは難しいかもしれない。しかし十字架の福音を信じたことによって救いを受け、聖霊の内住と導きと賜物を体験している信仰者にとって、求心的な力をもつ「真理」や「健全な教え」、「信仰による神の務を果すもの」そして「主イエス・キリストの栄光の臨在の体験」と、「違った教え」や「作り話やはてしのない系図」「自分勝手な好みにまかせて寄せ集めた教師たちによる耳障りのよい話」そして「真理からそれていった人々の定め」などとは、知的レベルだけでなく霊的感受性において、聖霊がその違いを訴えかけてくるのである。

 戻るべきベースキャンプを確認しながら、探索を続けよう。

 

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