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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

災難や災害という「鏡」

試練 終わりの日の警告

ルカ13:1-5

1 ちょうどその時、ある人々がきて、ピラトがガリラヤ人たちの血を流し、それを彼らの犠牲の血に混ぜたことを、イエスに知らせた。

2 そこでイエスは答えて言われた、「それらのガリラヤ人が、そのような災難にあったからといって、他のすべてのガリラヤ人以上に罪が深かったと思うのか。

3 あなたがたに言うが、そうではない。あなたがたも悔い改めなければ、みな同じように滅びるであろう。

4 また、シロアムの塔が倒れたためにおし殺されたあの十八人は、エルサレムの他の全住民以上に罪の負債があったと思うか。

5 あなたがたに言うが、そうではない。あなたがたも悔い改めなければ、みな同じように滅びるであろう」。 

 「ちょうどその時」。主イエス・キリストが弟子たちや群衆に「主の日の来臨」とそれに伴う「神の正しい裁きの顕れ」について話している時、ある人々がガリラヤ人たちの上に起きた災難のニュースを彼に報告した。ユダヤ人歴史家ヨセフスが記録しているように、ガリラヤ人はローマ帝国の支配に対して激しく反発し、祭りなどで民衆がエルサレムに集まる機会を狙っては、現代で言うところの「テロ行為」を繰り返していた人々であった。使徒行伝の中にも、それに関連する記述がある。

使徒5:37

そののち、人口調査の時に、ガリラヤ人ユダが民衆を率いて反乱を起したが、この人も滅び、従った者もみな散らされてしまった。 

 「PAX ROMANA ローマの(支配による)平和」にとっては、実に厄介な存在だったのである。ローマの総督ピラトが「ガリラヤ人たちの血を流し、それを彼らの犠牲の血に混ぜた」という表現が、文字通り、「テロリスト」ガリラヤ人たちを処刑し、その血を神殿に捧げる動物のいけにえの血に混ぜて、神殿を冒涜したのか、それとも律法によって聖なる場所として定められた神殿においてユダヤ人を殺したことを象徴的表現で表しているかは定かではないが、支配側の「平和」にとっては「正当な鎮圧」であっても、被支配側のユダヤ人にとっては、受け入れがたい屈辱だったのである。

 しかしその屈辱的知らせに対する主イエス・キリストの回答は、周りの人々の想像を超えるものであった。

そこでイエスは答えて言われた、「それらのガリラヤ人が、そのような災難にあったからといって、他のすべてのガリラヤ人以上に罪が深かったと思うのか。あなたがたに言うが、そうではない。あなたがたも悔い改めなければ、みな同じように滅びるであろう。

 ガリラヤ人たちの上に降りかかった災難を通して、聴衆の悔い改めを訓告したのである。主の口からは、圧倒的武力による偽善的「秩序と平和」を押し付けていたローマ帝国の総督を糾弾する言葉も、テロ行為を繰り返していたガリラヤ人を「自業自得だ」と裁く言葉も出なかった。ただ「わたしは、火を地上に投じるためにきたのだ。火がすでに燃えていたならと、わたしはどんなに願っていることか。」 「あなたがたは、わたしが平和をこの地上にもたらすためにきたと思っているのか。あなたがたに言っておく。そうではない。むしろ分裂である。」 とさえ話していた主イエスは、自分の目の前にいる聴衆が、真理によって正しい裁きをする方の前で悔い改め、すべてのひとが滅びから救われることを望んでおられたのである。

 ガリラヤ人たちの災難のように、立場によって見解の違いこそあれ、人為的原因が明らかな場合とは異なり、自然災害などの場合、人間の心は運命論に走るか、最悪の場合、ありもしない責任を被害者に見出そうとする傾向がある。シロアムの塔が崩壊した事件も、現代ならば建築法などで事故調査が入るところだろうが、当時は「自然災害による神の裁き」という解釈が一般的だったのだろう。しかしそのような災害を通しても、主イエスは聴衆の悔い改めを訓戒しているのである。

また、シロアムの塔が倒れたためにおし殺されたあの十八人は、エルサレムの他の全住民以上に罪の負債があったと思うか。

あなたがたに言うが、そうではない。あなたがたも悔い改めなければ、みな同じように滅びるであろう

 人間同士で比較してどちらが罪深くて、もしくは正しいか、という問題ではない。真に公平と正義をもって裁かれる主なる神の前で、各個人がどのように御前に立つべきかが問われているのである。

 終わりの時には不法が蔓延り、人々の愛が冷め、憎しみや裏切りによって互いに傷つけあうことが増え、また人間が予測も制御もできない天災が地を襲うことが預言されている。そのような聖書の預言を知っている信者でさえも、激しく揺さぶられる時が確実にきている。今まで信頼していた信仰の友からも、裏切りや攻撃する者が出てきて、孤独の中で失望することもあるだろう。

 しかしこの世や人間の邪悪さや自分の罪深さに意識が囚われている状態から、信仰の目を上げ、日々悔い改め、最後まで主イエス・キリストの十字架による恵みを見つめ続ける者は救われると約束されているのである。

マタイ24:4-13

4 そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。

5 多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。

6 また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。

7 民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。

8 しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。

9 そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。 

10 そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。

11 また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。

12 また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。 

13 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。 

Ⅱペテロ3:8-14

8 愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。

9 ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。

10 しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。

11 このように、これらはみなくずれ落ちていくものであるから、神の日の到来を熱心に待ち望んでいるあなたがたは、

12 極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。

13 しかし、わたしたちは、神の約束に従って、義の住む新しい天と新しい地とを待ち望んでいる。

14 愛する者たちよ。それだから、この日を待っているあなたがたは、しみもなくきずもなく、安らかな心で、神のみまえに出られるように励みなさい。