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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

七年目の安息年に関する考察(1)

聖別(キリストとの交わり) 知恵 いにしへからの教訓 シンボリズム

出エジプト23:10-11

10 あなたは六年のあいだ、地に種をまき、その産物を取り入れることができる。

11 しかし、七年目には、これを休ませて、耕さずに置かなければならない。そうすれば、あなたの民の貧しい者がこれを食べ、その残りは野の獣が食べることができる。あなたのぶどう畑も、オリブ畑も同様にしなければならない。 

レビ記25:1-7

1 主はシナイ山で、モーセに言われた、

2 「イスラエルの人々に言いなさい、『わたしが与える地に、あなたがたがはいったときは、その地にも、主に向かって安息を守らせなければならない。

3 六年の間あなたは畑に種をまき、また六年の間ぶどう畑の枝を刈り込み、その実を集めることができる。

4 しかし、七年目には、地に全き休みの安息を与えなければならない。これは、主に向かって守る安息である。あなたは畑に種をまいてはならない。また、ぶどう畑の枝を刈り込んではならない。

5 あなたの穀物の自然に生えたものは刈り取ってはならない。また、あなたのぶどうの枝の手入れをしないで結んだ実は摘んではならない。これは地のために全き休みの年だからである。

6 安息の年の地の産物は、あなたがたの食物となるであろう。すなわち、あなたと、男女の奴隷と、雇人と、あなたの所に宿っている他国人と、

7 あなたの家畜と、あなたの国のうちの獣とのために、その産物はみな、食物となるであろう。 

レビ記25:20-22

20 「七年目に種をまくことができず、また産物を集めることができないならば、わたしたちは何を食べようか」とあなたがたは言うのか。

21 わたしは命じて六年目に、あなたがたに祝福をくだし、三か年分の産物を実らせるであろう。

22 あなたがたは八年目に種をまく時には、なお古い産物を食べているであろう。九年目にその産物のできるまで、あなたがたは古いものを食べることができるであろう。 

 現代の効率至上主義者にとっては、おそらくとても苛立たしい規定だろう。何せ七年に一度、丸々一年、穀物やブドウ、オリーブの畑を「眠らせて」おかなければいけないというのだから。特別に心配性の人でなくとも、イスラエルの民のように「七年目に種をまくことができず、また産物を集めることができないならば、わたしたちは何を食べようか」と自問するはずである。

 すべての畑に対して完全な休耕期を適用していたのか、それとも耕作地を七分割してローテーション・システムを適用する人々がいたのだろうか(おそらく神の御心は、領地における完全な休耕期だったと読み取れる)。何よりも、イスラエルの民が約束の地において実際にこの戒めを守っていたかどうか、聖書には記録されていない。民の不従順な罪の結果としての離散とその期間における土地の休息に関する預言を、イスラエルの民の歴史と照らし合わせてみると、民がこの戒めを守っていなかったと推測するのが妥当であろう。

レビ記26:34-35

34 こうしてその地が荒れ果てて、あなたがたは敵の国にある間、地は安息を楽しむであろう。すなわち、その時、地は休みを得て、安息を楽しむであろう。

35 それは荒れ果てている日の間、休むであろう。あなたがたがそこに住んでいる間、あなたがたの安息のときに休みを得なかったものである。 

  いくら六年目に三年分の大豊作に恵まれるとは言え、通常働き者の農家の人々が雑草生い茂る自分の畑を見たら、どんな心境に悩まされるか、私のように農業に疎い人でも想像できるのではないだろうか。そして自然の実を結んだブドウやオリーブからも収穫ができず、寄留の外国人や奴隷、野生の動物が好き勝手に畑に入って実を獲っているのに、自分は黙って為すがままにしていなければいけなかったのである。土地はすべて主なる神のものであり、民はその管理を任されていたという基本的真理を忘れていたら、おそらく憤りと不満で居ても立っても居られなかっただろう。

レビ記25:23

地は永代には売ってはならない。地はわたしのものだからである。あなたがたはわたしと共にいる寄留者、また旅びとである。

 この七年に一度、完全な休耕地にしなければいけないという戒めは、イスラエルの民でも約束の地の住人でもない信仰者の私たちには、何を意味するのだろうか。ある福音派の教団では、牧師や宣教師が七年に一度、「安息年」として奉仕から離れて休暇や個人的な研究のために時間を費やす権利が与えられている、という話を聞いたことがある。しかし私の心に示されていることは、そのような「スマートな選択肢」ではなく、どちらかというと、「荒れた畑を前にして、何もできなくてイライラしている農夫」のような経験である。つまり、主なる神の主権と導きを信じていながらも、まるで見捨てられたように同じところに立ち止まり、身動きも取れず、ただ意味もなく時間が過ぎていくような時期の経験のことである。

 聖書の例で言えば、丸二年間、エジプトの牢獄の中で忘れ去られていたヨセフの経験のようなものである。

創世記40:20-23;41:1a

20 さて三日目はパロの誕生日であったので、パロはすべての家来のためにふるまいを設け、家来のうちの給仕役の長の頭と、料理役の長の頭を上げた。

21 すなわちパロは給仕役の長を給仕役の職に返したので、彼はパロの手に杯をささげた。

22 しかしパロは料理役の長を木に掛けた。ヨセフが彼らに解き明かしたとおりである。
23 ところが、給仕役の長はヨセフを思い出さず、忘れてしまった。

41:1a

二年の後パロは夢を見た。

 奴隷として売られて11年近く、しかも冤罪によって牢獄に入れられ、青年ヨセフは散々苦しみを味わっていたはずである。やっと主なる神は夢の解き明かしの賜物によって、ヨセフを通してご自身の知恵と栄光をエジプトに顕そうとしているかに見えたが、ヨセフはその後丸二年、完全に忘れられていた。少なくとも、人間からは。主なる神は、どうせパロの夢をヨセフに解き明かさせようと計画していたのだから、二年もの「非生産的時間」を省略し、ヨセフを用いることはできなかったのだろうか。

 もう一つの例は、使徒パウロである。教会の迫害者であったサウロ(のちにパウロと名前を変えた)は、ダマスコへの道中、主イエス・キリストに出会い、劇的な回心を経験した。すぐさまダマスコで大胆に主イエスのことを証し始めたが、ユダヤ人たちが自分の命を狙っていると知り、エルサレムに身を避けた。そこでもパウロは力強く証をしていたが、ギリシャ語を話すユダヤ人、つまり裁判もせずにステパノを石で打ち殺した昔の同僚が、今度は自分を殺そうと企んでいるの知り、エルサレムの信徒らはパウロをカイザリヤに連れて行き、そこからパウロの故郷である現在のトルコにあるタルソまで送り返した。

使徒9:26-31

26 サウロはエルサレムに着いて、弟子たちの仲間に加わろうと努めたが、みんなの者は彼を弟子だとは信じないで、恐れていた。

27 ところが、バルナバは彼の世話をして使徒たちのところへ連れて行き、途中で主が彼に現れて語りかけたことや、彼がダマスコでイエスの名で大胆に宣べ伝えた次第を、彼らに説明して聞かせた。

28 それ以来、彼は使徒たちの仲間に加わり、エルサレムに出入りし、主の名によって大胆に語り、

29 ギリシヤ語を使うユダヤ人たちとしばしば語り合い、また論じ合った。しかし、彼らは彼を殺そうとねらっていた。

30 兄弟たちはそれと知って、彼をカイザリヤに連れてくだり、タルソへ送り出した。

31 こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤ全地方にわたって平安を保ち、基礎がかたまり、主をおそれ聖霊にはげまされて歩み、次第に信徒の数を増して行った。

 普通に考えて、何もわざわざタルソまで送り返さなくても、カイザリヤで兄弟姉妹の導きのもとに、霊的に生まれたばかりのパウロの成長をサポートするという選択肢はなかったのだろうか。まるでパウロがあまりにも熱心に伝道するので、ユダヤ人たちを必要以上に刺激しないように、彼をなるべく遠くへ追いやったかのようにも取れる。勿論、これは私の人間的考えであり、主なる神はすべてを導いていた。バルナバが再びパウロを迎えにタルソへ行くまで、一体どのくらいの月日が過ぎたかはわからないが、エルサレムから遠く離れたタルソで、パウロは神の時を待つことになる。

 またその後、異邦人の使徒として主から召され、シリアのアンテオケや小アジア、ギリシャに至るまで宣教したパウロは、ユダヤ人らの策略によって遂にエルサレムで捕らえられ、ローマ軍によってカイザリヤに連行されることになる。そこでパウロは二年も囚人として監禁されることになる。

使徒24:27

さて、二か年たった時、ポルキオ・フェストが、ペリクスと交代して任についた。ペリクスは、ユダヤ人の歓心を買おうと思って、パウロを監禁したままにしておいた。 

 主なる神は、大分前にパウロに対してローマへ行く計画を啓示していた。パウロ自身もそれを強く願い、何度もそれを試みてはうまくいかず、ローマの教会へ長い手紙を書き送り、自分の強烈なビジョンを共有していた。

ローマ1:10-15

10 わたしは、祈のたびごとに、絶えずあなたがたを覚え、いつかは御旨にかなって道が開かれ、どうにかして、あなたがたの所に行けるようにと願っている。このことについて、わたしのためにあかしをして下さるのは、わたしが霊により、御子の福音を宣べ伝えて仕えている神である。

11 わたしは、あなたがたに会うことを熱望している。あなたがたに霊の賜物を幾分でも分け与えて、力づけたいからである。

12 それは、あなたがたの中にいて、あなたがたとわたしとのお互の信仰によって、共に励まし合うためにほかならない。

13 兄弟たちよ。このことを知らずにいてもらいたくない。わたしはほかの異邦人の間で得たように、あなたがたの間でも幾分かの実を得るために、あなたがたの所に行こうとしばしば企てたが、今まで妨げられてきた。

14 わたしには、ギリシヤ人にも未開の人にも、賢い者にも無知な者にも、果すべき責任がある。

15 そこで、わたしとしての切なる願いは、ローマにいるあなたがたにも、福音を宣べ伝えることなのである。 

 そんな使徒パウロが、カイザリヤの町で二年間も留まらなければならなかったのである。確かにその二年間、総督ペリクスに何度か伝道することができたのは事実である。しかしそのペリクスは、聖霊がパウロを通して迫ってくると、怖くなって逃げてしまうような男で、しかもパウロから賄賂を受け取ろうという下心を隠し、まるで福音に関心あるかのようにパウロに会い行くような男であった。

使徒24:24-26

24 数日たってから、ペリクスは、ユダヤ人である妻ドルシラと一緒にきて、パウロを呼び出し、キリスト・イエスに対する信仰のことを、彼から聞いた。

25 そこで、パウロが、正義、節制、未来の審判などについて論じていると、ペリクスは不安を感じてきて、言った、「きょうはこれで帰るがよい。また、よい機会を得たら、呼び出すことにする」。

26 彼は、それと同時に、パウロから金をもらいたい下ごころがあったので、たびたびパウロを呼び出しては語り合った。 

 そしてそのペリクスも、二年後には別の総督と交代し、いなくなってしまった。人間的に考えたら、なんと「無駄な」二年だろうか。「永遠の都ローマ」には、多くの信徒や、まだ福音を聞いたことがない人々が大勢「待っていた」のである。主なる神は、下心みえみえの卑しいペリクスなど「手早く片づけて」、「さっさと」パウロをローマに送り出し、ご自身が選び出した尊い器を、大収穫が期待できる「畑」で働かせることを望んでいなかったのだろうか。

 それでも主なる神は、使徒パウロが二年間の「休耕期間」を過ごすことを強いたのであった。

 私たちは、主なる神のように永遠の観点から物事を見ることができない。だから「獣が自由に行き交う雑草だらけの休耕地」の前でイライラし、逆に「色づいて刈り入れを待つ畑」の前で座り込み、人生の目的について悩んだりしてしまうのである。

ヨハネ4:34-36

34 イエスは彼らに言われた、「わたしの食物というのは、わたしをつかわされたかたのみこころを行い、そのみわざをなし遂げることである。

35 あなたがたは、刈入れ時が来るまでには、まだ四か月あると、言っているではないか。しかし、わたしはあなたがたに言う。目をあげて畑を見なさい。はや色づいて刈入れを待っている。 

36 刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。まく者も刈る者も、共々に喜ぶためである。 

 主よ、どうか私たちが御心にもっと近づけるように、そして聞こえてくる御声に遜って従えるように助けてください。

 

 

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