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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

『ローマびとへの手紙』(18)「心の割礼」「神からくる誉」

ローマびとへの手紙 十字架の言

ローマ2:25-29

25 もし、あなたが律法を行うなら、なるほど、割礼は役に立とう。しかし、もし律法を犯すなら、あなたの割礼は無割礼となってしまう。

26 だから、もし無割礼の者が律法の規定を守るなら、その無割礼は割礼と見なされるではないか。

27 かつ、生れながら無割礼の者であって律法を全うする者は、律法の文字と割礼とを持ちながら律法を犯しているあなたを、さばくのである。

28 というのは、外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。

29 かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである。

 使徒パウロは、「もしあなたが律法を行うなら」「もし律法を犯すなら」と仮定条件を書いているが、一体誰が「私は神の律法を完全に行っている」「私は律法を犯していない」と神の前で言い切れるだろうか。誰が律法の中でもっとも大切な戒め「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」、また「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」をもとに、「私は心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、主なる神を愛しています」「自分を愛するように私の隣り人を愛しています」と隣人の前で宣言できるのだろうか。

マタイ22:35-40

35 そして彼らの中のひとりの律法学者が、イエスをためそうとして質問した、

36 「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。

37 イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。

38 これがいちばん大切な、第一のいましめである。

39 第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。

40 これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。 

  福音書に登場する青年のように、「それはみな守ってきました」と自分自身のあり方に納得しているケースもあるかもしれない。ただそれはその人の主観に基づく意見でしかなく、神がその人のあり方をどう判断しているかという観点が欠如している。

 律法の戒めは神から出たものである。だから最終評価するのは、当然、神である。例えば、会社の上司からある仕事を任され、部下はそれを期限内に仕上げたとする。しかし部下がいくらその出来に満足していたとしても、上司が求めていた基準に到達しているかの判断は、部下ではなく上司が下すのである。

 そう、人間の良心はよく欺き、当てにならないものである。「聖書を通読しているから」「毎日祈っているから」「断食しているから」「聖日を守っているから」、私たちはそれなりの満足しているかもしれない。その満足感は、自分の行動をさりげなく誇り、自分と同じように行っていない人を裁くことで、より大きな価値をもつものにおもえるかもしれない。しかし私たちの満足感は、主なる神を愛していることを意味するのだろうか。神は、そのようなことをしている私たちを見て、「よし、彼らは私のことを心を尽くして愛している」と判断するのだろうか。

ヤコブ2:8-11

8 しかし、もしあなたがたが、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」という聖書の言葉に従って、このきわめて尊い律法を守るならば、それは良いことである。

9 しかし、もし分け隔てをするならば、あなたがたは罪を犯すことになり、律法によって違反者として宣告される。

10 なぜなら、律法をことごとく守ったとしても、その一つの点にでも落ち度があれば、全体を犯したことになるからである。

11 たとえば、「姦淫するな」と言われたかたは、また「殺すな」とも仰せになった。そこで、たとい姦淫はしなくても、人殺しをすれば、律法の違反者になったことになる。 

 律法の一点でも犯すなら、割礼に代表される「律法に従っていることの誇り」は無となり、割礼は無割礼と等しいものと見做されるのである。

 もし律法を犯すなら、あなたの割礼は無割礼となってしまう。

 割礼に象徴化されている「宗教的・霊的な自分を誇る自己義」は、御子イエス・キリストの十字架と共に十字架にかけられた。その十字架によって「霊による心の割礼」を受けたのなら、「神の律法を自分だけは忠実に守っていると思い込んでいる自分」ではなく、イエス・キリストだけを誇ろう。人からではなく、神からくる誉だけを求めよう。

ピリピ3:2-3

2 あの犬どもを警戒しなさい。悪い働き人たちを警戒しなさい。肉に割礼の傷をつけている人たちを警戒しなさい。

3 神の霊によって礼拝をし、キリスト・イエスを誇とし、肉を頼みとしないわたしたちこそ、割礼の者である。