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夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

律法の呪いから贖いだしてくださったイエス・キリスト

ガラテヤ3:10-14

10 いったい、律法の行いによる者は、皆のろいの下にある。「律法の書に書いてあるいっさいのことを守らず、これを行わない者は、皆のろわれる」と書いてあるからである。

11 そこで、律法によっては、神のみまえに義とされる者はひとりもないことが、明らかである。なぜなら、「信仰による義人は生きる」からである。

12 律法は信仰に基いているものではない。かえって、「律法を行う者は律法によって生きる」のである。

13 キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。聖書に、「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。

14 それは、アブラハムの受けた祝福が、イエス・キリストにあって異邦人に及ぶためであり、約束された御霊を、わたしたちが信仰によって受けるためである。 

申命記21:22-23

22 もし人が死にあたる罪を犯して殺され、あなたがそれを木の上にかける時は、

23 翌朝までその死体を木の上に留めておいてはならない。必ずそれをその日のうちに埋めなければならない。木にかけられた者は神にのろわれた者だからである。あなたの神、主が嗣業として賜わる地を汚してはならない。 

 イエス・キリストは、神に対しても人に対しても罪を犯さず、常に真理を語っていたにもかかわらず、自分を「神の子キリストである」と真実の証ししたという理由で、「神を汚す者」として大祭司や律法学者によって死刑宣告を受け、「木のかけられる」という、律法によって呪われた死、十字架の磔刑による死に至った。

マタイ26:63-66

63 しかし、イエスは黙っておられた。そこで大祭司は言った、「あなたは神の子キリストなのかどうか、生ける神に誓ってわれわれに答えよ」。

64 イエスは彼に言われた、「あなたの言うとおりである。しかし、わたしは言っておく。あなたがたは、間もなく、人の子が力ある者の右に座し、天の雲に乗って来るのを見るであろう」。

65 すると、大祭司はその衣を引き裂いて言った、「彼は神を汚した。どうしてこれ以上、証人の必要があろう。あなたがたは今このけがし言を聞いた。

66 あなたがたの意見はどうか」。すると、彼らは答えて言った、「彼は死に当るものだ」。 

 この「律法による呪い」は「神の祝福」の対極にあり、神の契約の共同体、イスラエルからの排斥を意味していた。律法によって主の会衆に加わることが決して許されていなかった「去勢した男子」「私生児」「イスラエルを呪ったアンモン人とモアブ人」同様、「神の平安も祝福も受けられない」、最も忌まわしい存在として見做されたのである。

申命記23:1-6

1 すべて去勢した男子は主の会衆に加わってはならない。

2 私生児は主の会衆に加わってはならない。その子孫は十代までも主の会衆に加わってはならない。

3 アンモンびととモアブびとは主の会衆に加わってはならない。彼らの子孫は十代までも、いつまでも主の会衆に加わってはならない。

4 これはあなたがたがエジプトから出てきた時に、彼らがパンと水を携えてあなたがたを道に迎えず、アラム・ナハライムのペトルからベオルの子バラムを雇って、あなたをのろわせようとしたからである。

5 しかし、あなたの神、主はバラムの言うことを聞こうともせず、あなたの神、主はあなたのために、そののろいを変えて、祝福とされた。あなたの神、主があなたを愛されたからである。

6 あなたは一生いつまでも彼らのために平安をも、幸福をも求めてはならない。 

 何という凄まじい啓示だろうか。あらゆる祝福の源泉である御子が「呪い」となり、契約の民の主が、呪われた民以下に忌まわしい存在として、契約の民から排斥されたのである。まるで、アコルの谷で呪いとなったユダ部族のカルミの子アカンのように、五十キュビトの木に架けられた、呪われた民アマレクびとの子孫ハマンのように(エステル7:9,10)。

ヨハネ19:13-16a(新改訳)

13 そこでピラトは、これらのことばを聞いたとき、イエスを外に引き出し、敷石(ヘブル語でガバタ)と呼ばれる場所で、裁判の席に着いた。

14 その日は過越の備え日で、時は六時ごろであった。ピラトはユダヤ人たちに言った。「さあ、あなたがたの王です。」

15 彼らは激しく叫んだ。「除け。除け。十字架につけろ。」ピラトは彼らに言った。「あなたがたの王を私が十字架につけるのですか。」祭司長たちは答えた。「カイザルのほかには、私たちに王はありません。」

16a そこでピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。

 「除け。除け。十字架につけろ。」この残忍な叫びこそが、「彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。」(ヨハネ1:11)の真の意味である。

 しかしイスラエルの契約の下で「呪い」となった方は、以前は神の契約とは無縁で「呪われた異邦の民」であった人々を、新しい契約によって贖いだし、「御自身の民」とされたのである。

エペソ2:11-19

11 だから、記憶しておきなさい。あなたがたは以前には、肉によれば異邦人であって、手で行った肉の割礼ある者と称せられる人々からは、無割礼の者と呼ばれており、

12 またその当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。

13 ところが、あなたがたは、このように以前は遠く離れていたが、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近いものとなったのである。

14 キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、

15 数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、

16 十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。

17 それから彼は、こられた上で、遠く離れているあなたがたに平和を宣べ伝え、また近くにいる者たちにも平和を宣べ伝えられたのである。 

18 というのは、彼によって、わたしたち両方の者が一つの御霊の中にあって、父のみもとに近づくことができるからである。

19 そこであなたがたは、もはや異国人でも宿り人でもなく、聖徒たちと同じ国籍の者であり、神の家族なのである。 

  モーセの律法によっては決して祭司職に就くことはゆるされていなかったユダ部族出身のイエス・キリストが、同じ律法によって「呪い」となり、そして死から復活することによって、天の国籍の民、神の家族の大祭司となられたことは、使徒パウロが「新しい創造」と呼ぶに値する、まさに神の新しい秩序の啓示なのである。

へブル7:12-25

12 祭司制に変更があれば、律法にも必ず変更があるはずである。

13 さて、これらのことは、いまだかつて祭壇に奉仕したことのない、他の部族に関して言われているのである。

14 というのは、わたしたちの主がユダ族の中から出られたことは、明らかであるが、モーセは、この部族について、祭司に関することでは、ひとことも言っていない。

15 そしてこの事は、メルキゼデクと同様な、ほかの祭司が立てられたことによって、ますます明白になる。

16 彼は、肉につける戒めの律法によらないで、朽ちることのないいのちの力によって立てられたのである。

17 それについては、聖書に「あなたこそは、永遠に、メルキゼデクに等しい祭司である」とあかしされている。

18 このようにして、一方では、前の戒めが弱くかつ無益であったために無効になると共に、

19 (律法は、何事をも全うし得なかったからである)、他方では、さらにすぐれた望みが現れてきて、わたしたちを神に近づかせるのである。

20 その上に、このことは誓いをもってなされた。人々は、誓いをしないで祭司とされるのであるが、

21 この人の場合は、次のような誓いをもってされたのである。すなわち、彼について、こう言われている、「主は誓われたが、心を変えることをされなかった。あなたこそは、永遠に祭司である」。

22 このようにして、イエスは更にすぐれた契約の保証となられたのである。

23 かつ、死ということがあるために、務を続けることができないので、多くの人々が祭司に立てられるのである。

24 しかし彼は、永遠にいますかたであるので、変らない祭司の務を持ちつづけておられるのである。

25 そこでまた、彼は、いつも生きていて彼らのためにとりなしておられるので、彼によって神に来る人々を、いつも救うことができるのである。 

 もし私が律法のもとにいるのなら、私の信仰さえ神に反することになる。木に架けられ律法によって呪いとなった者を「あらゆる祝福の主」として崇め、律法によれば祭司の資格さえない者を「大祭司」として仕えているのだから。

 

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