an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

死生観について


死を民主化せよ:コロンビア大学院建築学部「デスラボ」の挑戦 « WIRED.jp

 この師走の時期は一年を振り返り反省したりする時期だが、その自省の範囲をもう少し拡げ、「いつ訪れるか誰も知らない死を組み込んだ生き方」、そしてその帰結である「この瞬間に命が与えられているという恵み」について考える上で有益な記事だと思う。

 実家が古くからあるお寺に隣接しているという理由で、どんぐりの木と銀杏の巨木で鬱蒼としていたお寺の境内と墓地は、少年期の冒険心(いたずら心?)とエネルギーを受け入れてくれた大切な空間であった。そして黒装束の人々や御香の臭い、鈍く響き渡る木魚の音、水打ちされた御影石、難しい漢字が刻み込まれた碑石などは、私の少年期の感性の一部を形成していると思う。境内ではラジオ体操や豆まき、肝試し、お祭りなどが行われ、生と死が実際にあるようにそこに融合して存在していた。

 今でもイタリアの墓地に行くと、無数の墓石に刻まれた年月や写真などを見て様々の思いにふけったりすることがある。街の中にある教会に祀られた「聖人」らの遺骨ではなく、街から少し離れたところにある共同墓地に葬られた無名の人々の墓。おそらく誰も訪れることもない墓の数々。

「例えば『プロメッション』と呼ばれる新しい方法があります。遺体を有機的な存在とみなすやり方です。液体窒素を使って、遺体を凍結し、ヴァイブレーションを使って粉状の肥料にする。それでも遺体の重さの3分の1の肥料が出る。

だからこそ、ラボではいま、伝統的な要素から完全に切り離した追悼の方法を考えることを提案している。例えば、ラボで考案されたプロジェクトのひとつに、マンハッタンとブルックリンをつなぐマンハッタン橋の下腹部を追悼の場所に使うというアイデアがある。下腹部から舟状になった容器を吊るし、そこでメタン生成を使って1年かけて遺体を分解させる。分解のプロセスで発生するエネルギーがライトを点灯させる。ライトは1年の間、徐々に弱くなり、1年経ったときに、容器は次の死者に使われる。マンハッタン橋の下にある公園は、遺族にとって常に追悼の場所でありつづける。これは、ラボが提案する新しい可能性のほんの一例だ。 

  これらの「機能性」を取り入れたアイデアを、自分に対してならまだしも、自分の家族に適用しなければならないとしたらどうだろう。しかしある唯物的死生観を表しているのは確かである。

 「復活」という聖書的希望をもつクリスチャンは、本来もっともっと大胆に、そして「身軽に」自分の死生観を提示すべきなのかもしれない。