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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

星が見えなくとも

一粒の信仰

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創世記15:1-6

1 これらの事の後、主の言葉が幻のうちにアブラムに臨んだ、「アブラムよ恐れてはならない、わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは、はなはだ大きいであろう」。 

2 アブラムは言った、「主なる神よ、わたしには子がなく、わたしの家を継ぐ者はダマスコのエリエゼルであるのに、あなたはわたしに何をくださろうとするのですか」。
3 アブラムはまた言った、「あなたはわたしに子を賜わらないので、わたしの家に生れたしもべが、あとつぎとなるでしょう」。
4 この時、主の言葉が彼に臨んだ、「この者はあなたのあとつぎとなるべきではありません。あなたの身から出る者があとつぎとなるべきです」。
5 そして主は彼を外に連れ出して言われた、「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい」。また彼に言われた、「あなたの子孫はあのようになるでしょう」。
6 アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた。

  主なる神はアブラハムに「この者はあなたのあとつぎとなるべきではありません。あなたの身から出る者があとつぎとなるべきです」と言った後、やがて生まれてくるイサクの姿の幻を見せて、「この子があなたの子孫です」と励ますこともできたはずである。しかし神は、満天の星を見せて「あなたの子孫はあのようになるでしょう」と言った。都市に住む現代人なら感動するだろう星空も、アブラハムとっては見慣れたものであったろう。しかし、主なる神はあえてその星空を示して、アブラハムに子孫を与える約束をしたのである。老齢のアブラハムに対する神の計画は、彼に一人の子供を奇蹟的に与えるということに留まらず、神の御子イエス・キリストに対する信仰によって義と認められる無数の異邦人にまで及んでいたからであった。

 アブラハムはこの約束を受けた後、実際にイサクが与えれるまで約二十五年待つことになる。もし一度きりの幻であったら、たといそれが強烈なイメージを持つものであったとしても、二十五年待っている間にアブラハムの記憶の中で薄れていったかもしれない。しかし実際には、アブラハムが毎晩星空を見るたびに神の自分に対する約束を思い出すことができたのである。神の約束の成就が待ちきれず、眠れぬ夜を過ごすことも何度もあっただろう。虚しさに襲われ、ひそかに涙を流す夜もあったかもしれない。それでも天幕から出て見上げれば、「神の約束」が目の前に自分を包む込むように広がっていたのである。

 勿論アブラハムは、神に「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい」と言われて、星を数えはじめるようなことはしなかった。天文学の本を持ち出して銀河系の星の数を知ろうともしなかった。神の言葉を「ただ信じた」のである。

 「便利」「快適」「発展」は、私達の夜空を暗くしてしまった。眠れぬ夜に起きて窓の外を見上げても、私にはアブラハムが見た星空を見ることができない。しかし神は私達に、聖書の中に輝く無数の希望の光を与えてくださった。私達は信仰の父アブラハム同様、それを「ただ信じて」神に義と認められ、その光を見て日々救いの道を歩むのである。

ローマ10:9-13

9 すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。
10 なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。
11 聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。
12 ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。
13 なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである。

Ⅱペテロ1:19

こうして、預言の言葉は、わたしたちにいっそう確実なものになった。あなたがたも、夜が明け、明星がのぼって、あなたがたの心の中を照すまで、この預言の言葉を暗やみに輝くともしびとして、それに目をとめているがよい。