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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

二重の奇蹟

弱さのうちに顕れるキリストのいのち

ヨハネ9:1-7;35-38

1 イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。
2 弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
3 イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。
4 わたしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼の間にしなければならない。夜が来る。すると、だれも働けなくなる。
5 わたしは、この世にいる間は、世の光である」。
6 イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人の目に塗って言われた、
7 「シロアム(つかわされた者、の意)の池に行って洗いなさい」。そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。

35 イエスは、その人が外へ追い出されたことを聞かれた。そして彼に会って言われた、「あなたは人の子を信じるか」。
36 彼は答えて言った、「主よ、それはどなたですか。そのかたを信じたいのですが」。
37 イエスは彼に言われた、「あなたは、もうその人に会っている。今あなたと話しているのが、その人である」。
38 すると彼は、「主よ、信じます」と言って、イエスを拝した。 

  生まれつきの盲人であったがイエス・キリストによって癒されたこの男は、自分を癒やした人物に関して何も知らなかった。それでも実際に自分の身に起きた奇蹟の意味を自分なりに咀嚼しながら、パリサイ人らの執拗な質問に答えた。その実直な回答はパリサイ人らの逆鱗に触れ、ついにこの男は神の宮から追い出されてしまった。

 宗教家たちに追放された男をイエス・キリストは探し、一人でいる彼に話しかけた。太陽の光も空の色も、花の美しさも見たことがなかった男の目の前に、今一人の人間が立っている。その人は自分自身をやがて来ると語り継がれてきた「人の子」、神の救い主メシヤであると宣言した。

 この傍から見ればただ二人の人間が向き合って立ち、語り合っているだけの何の変哲もない情景の中に、二つの奇蹟が啓示されている。生まれつきの盲人だった男が癒され、一人の人間を見ていること、そして何より大きな奇蹟は、癒やされた男の目の前に立っている一人の人間が、いにしえから神の預言者たちを通して約束されていた神の御子であることである。見ることができない神が自ら卑しくし、人間の肉体を持ち、生まれて初めて光を見た男の目の前に立って、御自身を人間の言葉で啓示しているのである。

 信じる者の心の目を開いて下さる神の奇蹟に感謝すると同時に、肉眼では見ることができない、否、見ることができるものさえない純粋な霊なる永遠の神が、人間の認知能力レベルまで遜って、御子を通して自らを日々啓示してくださることに対して、驚嘆と畏敬の念を忘れてしまわないように感謝しつつ賛美しよう。

コロサイ1:13-18

13 神は、わたしたちをやみの力から救い出して、その愛する御子の支配下に移して下さった。
14 わたしたちは、この御子によってあがない、すなわち、罪のゆるしを受けているのである。
15 御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである。
16 万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである。
17 彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っている。
18 そして自らは、そのからだなる教会のかしらである。彼は初めの者であり、死人の中から最初に生れたかたである。それは、ご自身がすべてのことにおいて第一の者となるためである。