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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

悩みの日でも

箴言24:10-12

10 もしあなたが悩みの日に気をくじくならば、あなたの力は弱い。 

11 死地にひかれゆく者を助け出せ、滅びによろめきゆく者を救え。 

12 あなたが、われわれはこれを知らなかったといっても、心をはかる者はそれを悟らないであろうか。あなたの魂を守る者はそれを知らないであろうか。彼はおのおのの行いにより、人に報いないであろうか。 

  この聖句は、まるで使徒パウロがテモテに書いた手紙から引用したかのように「新約的」である。その根底には、神の恵みを受けた者としての否定しようのない責任意識と畏敬の念がある。

 Ⅱテモテ4:1-5

1 神のみまえと、生きている者と死んだ者とをさばくべきキリスト・イエスのみまえで、キリストの出現とその御国とを思い、おごそかに命じる。 

2 御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。 

3 人々が健全な教に耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、 

4 そして、真理からは耳をそむけて、作り話の方にそれていく時が来るであろう。 

5 しかし、あなたは、何事にも慎み、苦難を忍び、伝道者のわざをなし、自分の務を全うしなさい。 

 しかし、私達の心は何と「言い訳」を愛することか。無意識にも、「不当な」状況のなかで、常に「正当な言い訳」の避難所を見つけて隠れている、というのが現実ではないだろうか。

Ⅱコリント6:1-10

1 わたしたちはまた、神と共に働く者として、あなたがたに勧める。神の恵みをいたずらに受けてはならない。 

2 神はこう言われる、「わたしは、恵みの時にあなたの願いを聞きいれ、救の日にあなたを助けた」。見よ、今は恵みの時、見よ、今は救の日である。 

3 この務がそしりを招かないために、わたしたちはどんな事にも、人につまずきを与えないようにし、 

4 かえって、あらゆる場合に、神の僕として、自分を人々にあらわしている。すなわち、極度の忍苦にも、患難にも、危機にも、行き詰まりにも、 

5 むち打たれることにも、入獄にも、騒乱にも、労苦にも、徹夜にも、飢餓にも、 

6 真実と知識と寛容と、慈愛と聖霊と偽りのない愛と、 

7 真理の言葉と神の力とにより、左右に持っている義の武器により、 

8 ほめられても、そしられても、悪評を受けても、好評を博しても、神の僕として自分をあらわしている。わたしたちは、人を惑わしているようであるが、しかも真実であり、 

9 人に知られていないようであるが、認められ、死にかかっているようであるが、見よ、生きており、懲らしめられているようであるが、殺されず、 

10 悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり、貧しいようであるが、多くの人を富ませ、何も持たないようであるが、すべての物を持っている。 

  視点を変えるならば、もし時が最悪でも、教会に通っているクリスチャンと呼ばれている人々が健全な教に耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、真理からは耳をそむけて、作り話の方にそれていく時が来たとしても、極度の忍苦や患難、危機、行き詰まり、むち打ちの刑、入獄、騒乱、労苦、徹夜、飢餓、といった極限的な状況の中に万が一いたとしても、もし私達が誰か一人でも救いに導きたいと願い、そのために何かをしようと思うなら、神の導きと力が必ず私達と共にあるということである。

 成功や繫栄、人々の認識と称賛などは保証されていない。しかし、恵みと救いは決して欠くことはないことが約束されているのである。

ルカ19:10

人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである。

 主よ、終わりの時に私達の心が固く閉じ、冷たくならないように、私達にキリストの心と思いを与えてください。