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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

ヨセフが父ヤコブのために遣わした車

創世記45:17-28

17 パロはヨセフに言った、「兄弟たちに言いなさい、『あなたがたは、こうしなさい。獣に荷を負わせてカナンの地へ行き、 

18 父と家族とを連れてわたしのもとへきなさい。わたしはあなたがたに、エジプトの地の良い物を与えます。あなたがたは、この国の最も良いものを食べるでしょう』。 

19 また彼らに命じなさい、『あなたがたは、こうしなさい。幼な子たちと妻たちのためにエジプトの地から車をもって行き、父を連れてきなさい。 

20 家財に心を引かれてはなりません。エジプト全国の良い物は、あなたがたのものだからです』」。 

21 イスラエルの子らはそのようにした。ヨセフはパロの命に従って彼らに車を与え、また途中の食料をも与えた。 

22 まためいめいに晴着を与えたが、ベニヤミンには銀三百シケルと晴着五着とを与えた。 

23 また彼は父に次のようなものを贈った。すなわちエジプトの良い物を負わせたろば十頭と、穀物、パン及び父の道中の食料を負わせた雌ろば十頭。 

24 こうしてヨセフは兄弟たちを送り去らせ、彼らに言った、「途中で争ってはなりません」。 

25 彼らはエジプトから上ってカナンの地に入り、父ヤコブのもとへ行って、 

26 彼に言った、「ヨセフはなお生きていてエジプト全国のつかさです」。ヤコブは気が遠くなった。彼らの言うことが信じられなかったからである。 

27 そこで彼らはヨセフが語った言葉を残らず彼に告げた。父ヤコブはヨセフが自分を乗せるために送った車を見て元気づいた。 

28 そしてイスラエルは言った、「満足だ。わが子ヨセフがまだ生きている。わたしは死ぬ前に行って彼を見よう」。 

 「ヨセフはなお生きていてエジプト全国のつかさです」。二十年前に死に別れたと思っていた最愛の息子ヨセフが実は生きていて、しかもエジプトで統治者になっているという信じられないニュースを他の息子たちから聞いたとき、父ヤコブの心は「冷めていた」(口語訳と新共同訳は「ヤコブは気が遠くなった」と訳しているが、「彼らの言うことが信じられなかったからである」という文章とのつながりを考慮すると、 新改訳「父はぼんやりしていた」の方がよく、原義に近いものだと思う)。要するに、息子たちの言葉があまりにも意外過ぎて信じることができず、ヤコブの心は反応しなかったのである。そんなヤコブの心が、ヨセフが自分を乗せるために送った車を見て、「元気づいた」(直訳だと、「ヤコブの霊は生き返った」である)。

 このヨセフが遣わした車は、復活したイエス・キリストがこの世に遣わした聖霊の予型である。人間の心は多くの場合、疑いや失望によって閉ざされ、「イエス・キリストは生きている」という証しを聞いても、心がすぐに反応することはない。新約聖書が語る「罪の中に死んでいる」状態とは、そのような心の状態を指す。しかし、そのような心に聖霊が働きかける時、その心は「生き返る」のである。

エペソ2:1-6

1 さてあなたがたは、先には自分の罪過と罪とによって死んでいた者であって、 

2 かつてはそれらの中で、この世のならわしに従い、空中の権をもつ君、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って、歩いていたのである。 

3 また、わたしたちもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生れながらの怒りの子であった。 

4 しかるに、あわれみに富む神は、わたしたちを愛して下さったその大きな愛をもって、 

5 罪過によって死んでいたわたしたちを、キリストと共に生かし――あなたがたの救われたのは、恵みによるのである―― 

6 キリスト・イエスにあって、共によみがえらせ、共に天上で座につかせて下さったのである。 

 しかし、そのいのちの御霊の働きは、未信者の回心のためだけに顕れるのではない。使徒パウロは、度重なる厳しい戦いに気落ちし委縮していたと思われる若き牧師・伝道師テモテを励ますために、テモテの中に宿っていた御霊について言及している。

Ⅱテモテ1:6,7,14

6 こういうわけで、あなたに注意したい。わたしの按手によって内にいただいた神の賜物を、再び燃えたたせなさい。 

7 というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである。 

14 そして、あなたにゆだねられている尊いものを、わたしたちの内に宿っている聖霊によって守りなさい。 

 ヤコブの目の前に止まっていた車が、年老いたヤコブを乗せるためにヨセフが遣わしたものであったように、イエス・キリストが遣わした聖霊は、まさに弱き私と貴方のためであり、私達がその命の御霊によって内側から力を得、キリストの御国を目指して前進することができるためである。

イザヤ40:28-31

28 あなたは知らなかったか、あなたは聞かなかったか。主はとこしえの神、地の果の創造者であって、弱ることなく、また疲れることなく、その知恵ははかりがたい。 

29 弱った者には力を与え、勢いのない者には強さを増し加えられる。 

30 年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れはてて倒れる。 

31 しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。