an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

終わりの時が終る前に

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使徒2:14-17

14 そこで、ペテロが十一人の者と共に立ちあがり、声をあげて人々に語りかけた。「ユダヤの人たち、ならびにエルサレムに住むすべてのかたがた、どうか、この事を知っていただきたい。わたしの言うことに耳を傾けていただきたい。 

15 今は朝の九時であるから、この人たちは、あなたがたが思っているように、酒に酔っているのではない。 

16 そうではなく、これは預言者ヨエルが預言していたことに外ならないのである。すなわち、 

17 『神がこう仰せになる。終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう。

18 その時には、わたしの男女の僕たちにもわたしの霊を注ごう。そして彼らも預言をするであろう。 

19 また、上では、天に奇跡を見せ、下では、地にしるしを、すなわち、血と火と立ちこめる煙とを、見せるであろう。 

20 主の大いなる輝かしい日が来る前に、日はやみに月は血に変るであろう。 

21 そのとき、主の名を呼び求める者は、みな救われるであろう』。 

  この引用した聖句は、主イエスの約束通り、ペンテコステの日に百二十人の弟子たちが聖霊に満たされ、異国の言葉で神の大きな働きを宣べ伝えていることを驚き怪しんだエルサレムの人々に、ペテロが預言者ヨエルの言葉を引用しながら、「これは預言者ヨエルが預言していたことに外ならないのである」と言って、神の預言の成就を宣言しているところである。

 今回注目すべき点は、十七節の「終りの時には」という表現である。これはヨエル書において、へブライ語旧約聖書にも七十人訳(ギリシャ語訳旧約聖書)にも無い表現である。

ヨエル2:28-32

28 その後わたしはわが霊をすべての肉なる者に注ぐ。あなたがたのむすこ、娘は預言をし、あなたがたの老人たちは夢を見、あなたがたの若者たちは幻を見る。 

29 その日わたしはまたわが霊をしもべ、はしために注ぐ。 

30 わたしはまた、天と地とにしるしを示す。すなわち血と、火と、煙の柱とがあるであろう。 

31 主の大いなる恐るべき日が来る前に、日は暗く、月は血に変る。 

32 すべて主の名を呼ぶ者は救われる。それは主が言われたように、シオンの山とエルサレムとに、のがれる者があるからである。その残った者のうちに、主のお召しになる者がある。 

 勿論、旧約原典にも数々のバリエーションがあり、すべてを確認したわけではないので断定はできないが、旧約聖書の預言されていた御子の受肉と死、復活、そして聖霊の注ぎの成就によって、「終わりの時」という神の計画における最終段階に入ったことを聖霊自身が示している、と解釈できるのではないだろうか。新約聖書における数々の聖句が、この「終わりの時」に入っていることを証明しているからである。

へブル1:1,2

1 神は、むかしは、預言者たちにより、いろいろな時に、いろいろな方法で、先祖たちに語られたが、 

2 この終りの時には、御子によって、わたしたちに語られたのである。神は御子を万物の相続者と定め、また、御子によって、もろもろの世界を造られた。 

ヤコブ5:3

金銀はさびている。そして、そのさびの毒は、あなたがたの罪を責め、あなたがたの肉を火のように食いつくすであろう。あなたがたは、終りの時にいるのに、なお宝をたくわえている。 

Ⅰペテロ1:20

キリストは、天地が造られる前から、あらかじめ知られていたのであるが、この終りの時に至って、あなたがたのために現れたのである。

Ⅰヨハネ2:18

子供たちよ。今は終りの時である。あなたがたがかねて反キリストが来ると聞いていたように、今や多くの反キリストが現れてきた。それによって今が終りの時であることを知る。 

 そして新約聖書の筆記者たちは、この「終わりの時」がいつ終わってもおかしくない、という強烈な緊張感を持って生きていた。

Ⅰコリント10:11

これらの事が彼らに起ったのは、他に対する警告としてであって、それが書かれたのは、世の終りに臨んでいるわたしたちに対する訓戒のためである。 

Ⅰペテロ4:7

万物の終りが近づいている。だから、心を確かにし、身を慎んで、努めて祈りなさい。

  約二千年経ってこの地上に生を与えられている私達は、これらの神の僕らの信仰をどう捉えるだろうか。「終わりの時のあざけりの霊」に気を付けなければならない。

Ⅱペテロ3:3,4

3 まず次のことを知るべきである。終りの時にあざける者たちが、あざけりながら出てきて、自分の欲情のままに生活し、 

4 「主の来臨の約束はどうなったのか。先祖たちが眠りについてから、すべてのものは天地創造の初めからそのままであって、変ってはいない」と言うであろう。 

 冒頭に引用した聖句の二十節「主の大いなる輝かしい日が来る前に、日はやみに月は血に変るであろう」またヨエル2:31「主の大いなる輝かしい日が来る前に、日は暗く、月は血に変る」に注目してほしい。黙示録の中で第六の封印が解かれた時の啓示と全く同じである。

黙示録6:12-17(新改訳)

12 私は見た。小羊が第六の封印を解いたとき、大きな地震が起こった。そして、太陽は毛の荒布のように黒くなり、月の全面が血のようになった。

13 そして天の星が地上に落ちた。それは、いちじくが、大風に揺られて、青い実を振り落とすようであった。

14 天は、巻き物が巻かれるように消えてなくなり、すべての山や島がその場所から移された。

15 地上の王、高官、千人隊長、金持ち、勇者、あらゆる奴隷と自由人が、ほら穴と山の岩間に隠れ、

16 山や岩に向かってこう言った。「私たちの上に倒れかかって、御座にある方の御顔と小羊の怒りとから、私たちをかくまってくれ。

17 御怒りの大いなる日が来たのだ。だれがそれに耐えられよう。」

  地上にいる人々は、明確に「子羊の御怒りの大いなる日」の到来を自覚している。ここから、「主の来臨の約束はどうなったのか」といってあざけっていた者の生き残りは苦痛のために自分の舌を噛み、軽薄なあざけりの言葉は神に対する呪いと御名を汚す言葉に変わっていく(黙示録16:9,10,11,21)。

 「終わりの時」、つまり「聖霊が豊かに注がれる恵みの時」も、「主の名を呼び求める者は、みな救われる時」も、軽薄な者の「あざけりの時」さえも、やがて「主の大いなる輝かしい日」の到来によって幕を閉じる。

Ⅱコリント6:2

神はこう言われる、「わたしは、恵みの時にあなたの願いを聞きいれ、救の日にあなたを助けた」。

見よ、今は恵みの時、見よ、今は救の日である。