an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

雨の前に火

Ⅰ列王18:24

こうしてあなたがたはあなたがたの神の名を呼びなさい。わたしは主の名を呼びましょう。そして火をもって答える神を神としましょう」。民は皆答えて「それがよかろう」と言った。 

 イスラエルの民は、三年半に及ぶ飢饉で飢え渇いていた。アハブ王自身が家畜に与える草を探さなければならない程であった。一国の王から僕まで、誰もが天から降り注ぐ雨を求めていた。主なる神は預言者エリヤに「私はこの地に雨を降らせよう」という約束を与えていた(18:1)。しかし、民は降り注ぐ大雨の前に、天から降ってき、祭壇を焼き尽くす主の火を見なければならなかった(38)。一滴の水でも貴重だったのに、合計十二個分の水かめの水を、黙って主の祭壇に注がなければならなかった(34)。自分たちがそれまで従っていた四百五十人のバアルの預言者を捕え、神の預言者のところへ連れて行かなければならなかった(40)。

 多くの人が、「恵みの雨」「天の祝福」を求める。神は確かにそれを与えてくださると約束しておられる。しかし約束の成就の前に、十字架の御子の上に降り注がれた「全てを焼き尽くす裁きの火」を見なければならない。命の君、恵みの源である方、父なる神の独り子の命が、惜しみなく注ぎだされたこと、しかも私たちの罪がそれに加担した事実を見なければならない。私達が今まで信頼してきた「偽りの神々」「偽りの言葉」「ほとんどの人が信じているが、実体のない偽りの価値観」(エリヤ一人に対して、バアルの預言者は四百五十人、四百人のアシュラの預言者を合わせると、八百五十人もの偽預言者が民を惑わしていたのである)を、一人の人、イエス・キリストに手渡さなければならない。「主よ、私はこのようなものに心を寄せてきました。しかしあなたが真理であることを知った今は、これらのものを全て捨て、貴方だけに従っていきます」と告白しながら。

箴言28:13

その罪を隠す者は栄えることがない、言い表わしてこれを離れる者は、あわれみをうける。 

  十字架のイエスの前に自分の罪を告白し、御子の死と共に葬られた者の上には、復活した方の恵みの雨が、必ず豊かに降り注ぐであろう。