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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

ソロモン王の金の盾

いにしへからの教訓 イスラエルの民の歴史

1列王記10:14-17

 その知恵と栄華で有名なソロモン王は、父ダヴィデから王座を引き継いで4年目、彼が24歳の時から合計20年かけて二つの宮を建てた。最初に7年かけて神の宮を建て、次に13年かけて自分のために王宮殿群を建てた。レバノンから伐採してきた杉をふんだんに使っことから「レバノンの森の宮殿」と呼ばれた、幅25m、奥行50m、高さ15mの宮殿、そして「柱の広間」、治政のために使われた「王座の広間」、「ソロモンの家」、そして他の建物と同様、杉材を贅沢に使った「パロの娘のための家」を建てた。

 この「パロの娘」という表現が、実に見事にソロモン王の人生を象徴的に表しているのである。この女性は、生涯700人の妻と300人の妾を持ったと知られているソロモン王の最初の妻であった。ヨセフの妻、エジプトの祭司の娘であったアセナテの名を聖書に記録させた聖霊が、同じエジプト人の彼女の名前を明かさず、あえて「パロの娘」と表現しているには理由があった。ヨセフの約430年後に預言者モーセを通して与えられた律法には、「 また彼ら(*)と婚姻をしてはならない。あなたの娘を彼のむすこに与えてはならない。かれの娘をあなたのむすこにめとってはならない。それは彼らがあなたのむすこを惑わしてわたしに従わせず、ほかの神々に仕えさせ、そのため主はあなたがたにむかって怒りを発し、すみやかにあなたがたを滅ぼされることとなるからである。」(申命記7:3,4)(*ユダヤ人以外の人々、特にカナンの地に住む異教の神を信じていた人々)ソロモン王は律法に従わず、隣の強国エジプトとの関係を安定したものにするためにパロの娘と戦略結婚をしたのである。

 同じ申命記には、「王となる人は自分のために馬を多く獲ようとしてはならない。また馬を多く獲るために民をエジプトに帰らせてはならない。主はあなたがたにむかって、『この後かさねてこの道に帰ってはならない』と仰せられたからである。」(17:16)確かにソロモン王はエジプトへは帰らなかった。しかしパロの娘を通してエジプトを自分の懐に入れてしまったのである。 

 興味深いことに「パロ(もしくはファラオ)」は古代エジプト語で「大きな家」という意味だったことだ。ソロモン王が神の前に遜った態度を忘れ、パロの娘を喜ばせるために壮大さや豪奢を求めるようになった、と想像するのはそれほど難しいことではない。

 ソロモンは大きな宮殿を建てただけでなく、あらゆる贅を尽くして宮殿を飾った。その中で特に目を引くのが金の盾である。

1列王記10:16,17にはこう書いてある。

ソロモン王は延金の大盾二百を造った。その大盾にはおのおの六百シケルの金を用いた。また延金の小盾三百を造った。その小盾にはおのおの三ミナの金を用いた。王はこれらをレバノンの森の家に置いた。

 何と大盾一つを造るのに約6,8kgの金を使ったことになる。小盾一つには約1,7kgの金を使った。大小500個の盾を造るのに、合計約1,8トンの金を使ったことになる。その当時一年間にソロモンのところに入ってきていた金の重さは、約22トン644kgと14節の書いてあるから、全体量から比べるとほん一部だが、それにしても凄まじい量の金である。ソロモンはこれらの金の盾を「レバノンの森の宮殿」に置き飾った。興奮して紅潮したパロの娘が目に浮かぶようだ。おそらく、このことを自分のエジプトにいる父に伝えただろう。

 しかし、どの時代もどのような文化においても人の栄華は決して長続きしない。ソロモンの栄光も例外ではない。このレバノンの森の宮殿が完成してわずか21年後に、この500個の金の盾はすべて他の財宝と共に略奪されてしまったのである。誰の手によってか。何をあろうエジプトの王シシャク(またはシェションク)によってである(1列王記14:25,26)。このシシャク王は、第22代目王朝の最初の王であり、紀元前945年頃、ちょうどソロモンのすべての宮殿建設が完成した一年後に王位に就いた。つまり、ソロモンが戦略結婚によって築いたエジプトとの親戚関係も、シシャクが王位に就いたことによって断ち切られてしまったのである。その証拠にソロモンが部下ヤロブアムを殺そうとしたとき、ヤロブアムはエジプトのシシャクのところに亡命し、命拾いしたのである(11:40)。

 このシシャクは前924年に死に、彼の子と孫シシャク2世が共同統治した。そのシシャク2世も若くして世を去ったようだが、1939年の彼の墓が手付かずの状態で発見され、その中には著しい量の金製副葬品が見つかった。中でも黄金のマスクが有名である。ソロモンの金の盾はエジプトのパロの死を飾るための副葬品に成り果ててしまったのだろうか。

 

 新約聖書は、「盾」をイエス・キリストに対する信仰のシンボルとして扱っている箇所がある。「その上に、信仰のたてを手に取りなさい。それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう。」(エペソ6:16)。信仰の盾は、自分の「宮殿」に飾っておいておくために与えられたのではない。悪しき者、サタンの攻撃から自分の命を守るためである。ソロモンはこの点に関してあまりにも無防備であった。むしろ彼は悪しき者の放つ火の矢を懐に抱き、熱い火の上を歩くこととなってしまった(箴言6:27、28)

 それがどんなに美しかったとしても、誰も金の盾で戦いには出ようとはしないだろう。必要なのは自己顕示欲的な信仰ではない。教会の中で、また世の中でいかに自分が信仰的かを誇示するために生きるなら、その人はキリストに仕えているのではなく、自分自身を喜ばせているだけである。使徒パウロは、ガラテヤ1:10でこう書いている。

 今わたしは、人に喜ばれようとしているのか、それとも、神に喜ばれようとしているのか。あるいは、人の歓心を買おうと努めているのか。もし、今もなお人の歓心を買おうとしているとすれば、わたしはキリストの僕ではあるまい。

  繁栄の福音を説く人々が誇示する「金の盾」に驚いたり、引け目を感じたりする必要はない。時間が経てば必ず「シシェク」が現れ、あなたはそれらのものが奪い去られるのを見るであろう。

 大切なのは、キリストに仕えるための信仰の盾である。「金の盾」に比べたら、随分みすぼらしく、傷や矢の穴、焦げ跡ばかりかもしれない。しかしそれこそ神が喜ばれる信仰の盾、私たちを主イエス・キリストの栄光へ導く永遠に朽ちることのない盾である。

1ペテロ1:6,7

こうして、あなたがたの信仰はためされて、火で精錬されても朽ちる外はない金よりもはるかに尊いことが明らかにされ、イエス・キリストの現れるとき、さんびと栄光とほまれとに変るであろう。  

2テモテ4:6-8

わたしは、すでに自身を犠牲としてささげている。わたしが世を去るべき時はきた。わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。