an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

この世の君

 この世の君による本当の支配の本質は見えないところにあり、表に出ている権力者らはその支配者の道具や操り人形でしかない。

 この支配者が真に求めているものは、富や道徳的退廃などではなく、神だけが持ちうる「絶対的権力」であり、神のみに許されている「被造物からの礼拝」である。

 表向きのことで判断してはいけない。根底に隠れた目的を見極める必要がある。「目的のためには手段を選ばない」のなら、「手段」が「平和」や「人類愛」という衣を被っていたり、逆に良心の麻痺を起こし、無関心を生み出すことがあり得るので、隠れた「目的」を見極めるのを邪魔することがある。

 

 そしてその「動機」は、賛美と礼拝の座が自分にではなく、御子イエス・キリストに対して与えられていることに対する果てしないジェラシーと憎悪である。

もろもろの神々と言われる存在が許容されたり、放任されているにもかかわらず、キリストの神性に対する否定や嘲笑といった攻撃が後を絶たない原因がここにある。