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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

聖霊の賜物

キリストの体(4)神の絶対的主権と相補的本質

Ⅰコリント12:4-27 4 霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである。 5 務は種々あるが、主は同じである。 6 働きは種々あるが、すべてのものの中に働いてすべてのことをなさる神は、同じである。 7 各自が御霊の現れを賜わっているのは、全体の益になるた…

「あなたがたは、久しい以前からすでに教師となっているはず」

へブル5:11-14 11 このことについては、言いたいことがたくさんあるが、あなたがたの耳が鈍くなっているので、それを説き明かすことはむずかしい。 12 あなたがたは、久しい以前からすでに教師となっているはずなのに、もう一度神の言の初歩を、人か…

「道」としての神の愛

Ⅰコリント12:27-14:1 12:27 あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。 12:28 そして、神は教会の中で、人々を立てて、第一に使徒、第二に預言者、第三に教師とし、次に力あるわざを行う者、次にいやしの賜物を持つ者、…

福音宣教のために授けられた賜物

マタイ28:18-20 18 イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。 19 それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施…

洗礼者ヨハネのまなざし

ヨハネ1:29-37 29 その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。 30 『わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは…

信仰者の中にあって語る神の霊(3)

マタイ10:20-27 20 語る者は、あなたがたではなく、あなたがたの中にあって語る父の霊である。 21 兄弟は兄弟を、父は子を殺すために渡し、また子は親に逆らって立ち、彼らを殺させるであろう。 22 またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての人…

信仰者の中にあって語る神の霊(2)

マタイ10:17-20 17 人々に注意しなさい。彼らはあなたがたを衆議所に引き渡し、会堂でむち打つであろう。 18 またあなたがたは、わたしのために長官たちや王たちの前に引き出されるであろう。それは、彼らと異邦人とに対してあかしをするためである…

信仰者の中にあって語る神の霊(1)

マタイ10:1-42 1 そこで、イエスは十二弟子を呼び寄せて、汚れた霊を追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやす権威をお授けになった。 2 十二使徒の名は、次のとおりである。まずペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、それからゼベダ…

聖霊のバプテスマに関する個人的証しと省察(5)

天の父から与えられる「良い贈り物」の約束 ルカ11:13 このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。 参照: ヤコブ1…

聖霊のバプテスマに関する個人的証しと省察(4)

聖霊のバプテスマに関して、あまり重視されていないが非常に重要な点がある。聖霊のバプテスマと、キリストの体である教会との関係である。実際、聖霊のバプテスマは個人的な経験以上のものであり、教会のいのちを革新する「新陳代謝」的働きをする。ゆえに…

聖霊のバプテスマに関する個人的証しと省察(3)

私が聖霊のバプテスマを受けることを必死で祈り求めていた時期は、使徒パウロの二つの告白「わたしは自分のしていることが、わからない。」「わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。」(ローマ7:15,24)によって、表現できる。私は熱心に求め…

聖霊のバプテスマに関する個人的証しと省察(2)

もし私が聖霊のバプテスマに関して聖書にどこに書かれているか熟知していたとしても、実際の生活の中で聖霊のバプテスマが何をもたらすかを見ていなかったら、私の探求心はそれほど覚醒されていなかったかもしれない。しかし、現実に私は多くの兄弟姉妹が聖…

聖霊のバプテスマに関する個人的証しと省察(1)

キリストのある一人の姉妹から、聖霊のバプテスマについて意見を聞かれたので、シリーズで記事にしてみたい。ただ実際に書き始めようとすると、クリアしなければいけない個人的な葛藤が多くあるのに改めて気づかされた。それは私が聖霊のバプテスマの真理を…

第一コリント14章における女性に対する教えについて

昨日の記事万人救済の福音の検証(6)「すでに救われている」? - an east windowのコメント欄で書いた経緯で、第1コリント14章について言及があったので、私の検証を共有してみたい。 まず『第1コリントの手紙』は、使徒パウロが自ら伝道開拓したコリ…

言語を超えたイエス・キリストとの霊的交わり(1)

世界には正確には数え切れない程の言語があり、公用語だけでも百近くの言語があると言われている。その一つ一つの言語によって、神の子イエス・キリストは伝えられており、それぞれの言語によって人々は福音を信じ、実際の救いの経験をしている。それは神の…