an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

教会

「日曜日礼拝参加厳守」について

「日曜日礼拝参加厳守」について、ある掲示板で議論になっている。投稿を試みたが、うまくできなかったので、とりあえず自分のブログに書き記すことにした。 「日曜日礼拝厳守」と言うテーマで議論になっているが、まず「日曜日礼拝」と「厳守」という二つの…

なぜ礼拝に参加するのか

へブル10:19-26 19 兄弟たちよ。こういうわけで、わたしたちはイエスの血によって、はばかることなく聖所にはいることができ、 20 彼の肉体なる幕をとおり、わたしたちのために開いて下さった新しい生きた道をとおって、はいって行くことができるの…

教会の本質―マタイ18章の考察(6)

マタイ18:21-25 21 そのとき、ペテロがイエスのもとにきて言った、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか」。 22 イエスは彼に言われた、「わたしは七たびまでとは言わない。七たびを七十倍…

教会の本質―マタイ18章の考察(5)

マタイ18:18-20 18 よく言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう。 19 また、よく言っておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心…

教会の本質―マタイ18章の考察(4)

マタイ18:15-17 15 もしあなたの兄弟が罪を犯すなら、行って、彼とふたりだけの所で忠告しなさい。もし聞いてくれたら、あなたの兄弟を得たことになる。 16 もし聞いてくれないなら、ほかにひとりふたりを、一緒に連れて行きなさい。それは、ふたり…

教会の本質―マタイ18章の考察(3)

マタイ18:15-17 15 もしあなたの兄弟が罪を犯すなら、行って、彼とふたりだけの所で忠告しなさい。もし聞いてくれたら、あなたの兄弟を得たことになる。 16 もし聞いてくれないなら、ほかにひとりふたりを、一緒に連れて行きなさい。それは、ふたり…

教会の本質―マタイ18章の考察(2)

マタイ18:6-14 6 しかし、わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。 7 この世は、罪の誘惑があるから、わざわいである。罪の誘惑は必ず来る。しかし…

教会の本質―マタイ18章の考察(1)

マタイ18:1-5 1 そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。 2 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、 3 「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようになら…

教会について

「教会」について歪んだ考えを持っている人は少なくない。神を礼拝する人間と神を礼拝する行為という二つの要素に、礼拝する場所である建造物を加えてしまうのである。しかも、それがまるで不可欠な要素であるかのような考え方に縛られてしまっているのであ…

キリストの体(2)自傷行為

ガラテヤ5:15 気をつけるがよい。もし互にかみ合い、食い合っているなら、あなたがたは互に滅ぼされてしまうだろう。 もし「自傷行為」「Self-harm」という言葉で画像検索をしたら、その直視できないような画像に身の縮む思いをするだろう。 冒頭の聖句…

キリストの体(1)

Ⅰコリント12:12-27 12 からだが一つであっても肢体は多くあり、また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である。 13 なぜなら、わたしたちは皆、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つの…

現代福音宣教の問題点(4)「最大限における虚」と「最小限における充」

マタイ18:20 ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである。 この聖句は、礼拝における主イエス・キリストの臨在と祝福を保証する神の約束として、頻繁に引用される。しかし、この聖句が置かれている文脈…