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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

キリストの体(5)自己防衛本能

去年の十月、自宅の窓の修理をしている時、バランスを崩して梯子から落ちてしまった。幸い左手小指の骨折程度で済んだからよかったが、もし手で衝撃を緩和していなかったら頭を直接ぶつけていたかもしれないので、それを考えれば感謝であった。 私自身、梯子…

「兄弟が兄弟を訴え、しかもそれを不信者の前に持ち出すのか」(4)

Ⅰテモテ5:17-21 17 よい指導をしている長老、特に宣教と教とのために労している長老は、二倍の尊敬を受けるにふさわしい者である。 18 聖書は、「穀物をこなしている牛に、くつこをかけてはならない」また「働き人がその報酬を受けるのは当然である」…

「兄弟が兄弟を訴え、しかもそれを不信者の前に持ち出すのか」(3)

Ⅰコリント6:1-11 1 あなたがたの中のひとりが、仲間の者と何か争いを起した場合、それを聖徒に訴えないで、正しくない者に訴え出るようなことをするのか。 2 それとも、聖徒は世をさばくものであることを、あなたがたは知らないのか。そして、世があな…

「兄弟が兄弟を訴え、しかもそれを不信者の前に持ち出すのか」(2)

Ⅰコリント6:1-11 1 あなたがたの中のひとりが、仲間の者と何か争いを起した場合、それを聖徒に訴えないで、正しくない者に訴え出るようなことをするのか。 2 それとも、聖徒は世をさばくものであることを、あなたがたは知らないのか。そして、世があな…

「兄弟が兄弟を訴え、しかもそれを不信者の前に持ち出すのか」(1)

Ⅰコリント6:1-11 1 あなたがたの中のひとりが、仲間の者と何か争いを起した場合、それを聖徒に訴えないで、正しくない者に訴え出るようなことをするのか。 2 それとも、聖徒は世をさばくものであることを、あなたがたは知らないのか。そして、世があな…

キリストの体(4)神の絶対的主権と相補的本質

Ⅰコリント12:4-27 4 霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである。 5 務は種々あるが、主は同じである。 6 働きは種々あるが、すべてのものの中に働いてすべてのことをなさる神は、同じである。 7 各自が御霊の現れを賜わっているのは、全体の益になるた…

「あなたがたは、久しい以前からすでに教師となっているはず」

へブル5:11-14 11 このことについては、言いたいことがたくさんあるが、あなたがたの耳が鈍くなっているので、それを説き明かすことはむずかしい。 12 あなたがたは、久しい以前からすでに教師となっているはずなのに、もう一度神の言の初歩を、人か…

ミンヤンと「二人または三人」の集まり

ユダヤ教においてミンヤンという教えがある。公の祈りが神の前に聞かれるためには、最低10名のユダヤ人の成人男性(13歳以上)がいなければいけない、という教えである。 『タルムード』にその教えの根拠がある。 Sanhedrin 74b Even to change one's sh…

キリストの体(3)

Ⅰコリント6:19-20 19 あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。 20 あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分のか…

ネットゥーノ広場での伝道イベント

夕方、ボローニャ市の中心にあるネットゥーノ広場(ジャンボローニャ作の噴水があり、そのネプチューンの像がもつ銛の先は、1914年の創立された自動車会社マセラーティ社のロゴに使われている)に、カトリック教会がオーガナイズした伝道のためのテント…

誰が隣人になったか。

ルカ10:25ー37 25 するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。 26 彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。 27 彼は答えて言った、「『心…

牧師・長老・監督の適性(3)実践、そして祈り

Ⅰテモテ3:1-7 1 「もし人が監督の職を望むなら、それは良い仕事を願うことである」とは正しい言葉である。 2 さて、監督は、非難のない人で、ひとりの妻の夫であり、自らを制し、慎み深く、礼儀正しく、旅人をもてなし、よく教えることができ、 3 酒を…

第一コリント14章における女性に対する教えについて

昨日の記事万人救済の福音の検証(6)「すでに救われている」? - an east windowのコメント欄で書いた経緯で、第1コリント14章について言及があったので、私の検証を共有してみたい。 まず『第1コリントの手紙』は、使徒パウロが自ら伝道開拓したコリ…

『ローマびとへの手紙』(6)ローマの聖徒たちの信仰

ローマ1:6-8 6 あなたがたもまた、彼らの中にあって、召されてイエス・キリストに属する者となったのである―― 7 ローマにいる、神に愛され、召された聖徒一同へ。わたしたちの父なる神および主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにある…

礼拝についての考察

ローマ7:4-6 4 わたしの兄弟たちよ。このように、あなたがたも、キリストのからだをとおして、律法に対して死んだのである。それは、あなたがたが他の人、すなわち、死人の中からよみがえられたかたのものとなり、こうして、わたしたちが神のために実を…

「開かれた鉄門」と「閉ざされた教会の戸」

使徒12:1-16 1 そのころ、ヘロデ王は教会のある者たちに圧迫の手をのばし、 2 ヨハネの兄弟ヤコブをつるぎで切り殺した。 3 そして、それがユダヤ人たちの意にかなったのを見て、さらにペテロをも捕えにかかった。それは除酵祭の時のことであった。 4…

信徒の交わりの自浄責任

Ⅰコリント5:1-13 1 現に聞くところによると、あなたがたの間に不品行な者があり、しかもその不品行は、異邦人の間にもないほどのもので、ある人がその父の妻と一緒に住んでいるということである。 2 それだのに、なお、あなたがたは高ぶっている。むし…

教会の政治形態とその霊(3)

たとえ新約聖書的な教会政治形態を適用したとしても、その霊と目的がずれていたら形式的なものでしかなく、様々な問題が発生してくることは避けられないことはすでに書き記した。 最も理想的なシステムを取り入れたとしても、共同体における聖書の学びと祈り…

教会の政治形態とその霊(2)

そもそも新約聖書は、「教会」をどのような存在として啓示しているだろうか。以下、教会の本質に関する基本的啓示を列挙してみる。 教会はキリストのものであり、ある特定の人間の所有物ではない。そしてキリスト自身が教会を建て上げ、成長させるのであって…

教会の政治形態とその霊(1)

教会政治形態(地域教会がどの様な組織形態によって運営・管理されるべきかという問題)について、ある人物と話す機会があった。彼の意見では、新約聖書には牧師一人と数人の役員によって構成された権威集中型の牧会は一例もなく、複数の長老たちのグループ…

風通しのいい「教会」

ヨハネ3:5-8 5 イエスは答えられた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない。 6 肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。 7 あなたがたは新しく生れなければならないと、わた…

作為の霊

マタイ7:21-23 21 わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。 22 その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によ…

Amish - A Secret Life

Amish - A Secret Life (BBC 2012) - YouTube 家庭は教会であり、家庭礼拝が教会の核であることを静かに証ししている。 聖書、祈り、賛美、そして交わり。

「日曜日礼拝参加厳守」について

「日曜日礼拝参加厳守」について、ある掲示板で議論になっている。投稿を試みたが、うまくできなかったので、とりあえず自分のブログに書き記すことにした。 「日曜日礼拝厳守」と言うテーマで議論になっているが、まず「日曜日礼拝」と「厳守」という二つの…

なぜ礼拝に参加するのか

へブル10:19-26 19 兄弟たちよ。こういうわけで、わたしたちはイエスの血によって、はばかることなく聖所にはいることができ、 20 彼の肉体なる幕をとおり、わたしたちのために開いて下さった新しい生きた道をとおって、はいって行くことができるの…

教会の本質―マタイ18章の考察(6)

マタイ18:21-25 21 そのとき、ペテロがイエスのもとにきて言った、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか」。 22 イエスは彼に言われた、「わたしは七たびまでとは言わない。七たびを七十倍…

教会の本質―マタイ18章の考察(5)

マタイ18:18-20 18 よく言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう。 19 また、よく言っておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心…

教会の本質―マタイ18章の考察(4)

マタイ18:15-17 15 もしあなたの兄弟が罪を犯すなら、行って、彼とふたりだけの所で忠告しなさい。もし聞いてくれたら、あなたの兄弟を得たことになる。 16 もし聞いてくれないなら、ほかにひとりふたりを、一緒に連れて行きなさい。それは、ふたり…

教会の本質―マタイ18章の考察(3)

マタイ18:15-17 15 もしあなたの兄弟が罪を犯すなら、行って、彼とふたりだけの所で忠告しなさい。もし聞いてくれたら、あなたの兄弟を得たことになる。 16 もし聞いてくれないなら、ほかにひとりふたりを、一緒に連れて行きなさい。それは、ふたり…

教会の本質―マタイ18章の考察(2)

マタイ18:6-14 6 しかし、わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。 7 この世は、罪の誘惑があるから、わざわいである。罪の誘惑は必ず来る。しかし…

教会の本質―マタイ18章の考察(1)

マタイ18:1-5 1 そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。 2 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、 3 「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようになら…

教会について

「教会」について歪んだ考えを持っている人は少なくない。神を礼拝する人間と神を礼拝する行為という二つの要素に、礼拝する場所である建造物を加えてしまうのである。しかも、それがまるで不可欠な要素であるかのような考え方に縛られてしまっているのであ…

キリストの体(2)自傷行為

ガラテヤ5:15 気をつけるがよい。もし互にかみ合い、食い合っているなら、あなたがたは互に滅ぼされてしまうだろう。 もし「自傷行為」「Self-harm」という言葉で画像検索をしたら、その直視できないような画像に身の縮む思いをするだろう。 冒頭の聖句…

キリストの体(1)

Ⅰコリント12:12-27 12 からだが一つであっても肢体は多くあり、また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である。 13 なぜなら、わたしたちは皆、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つの…

現代福音宣教の問題点(4)「最大限における虚」と「最小限における充」

マタイ18:20 ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである。 この聖句は、礼拝における主イエス・キリストの臨在と祝福を保証する神の約束として、頻繁に引用される。しかし、この聖句が置かれている文脈…