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an east window

夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまで

十字架の言

『ローマびとへの手紙』(40)今、十字架から注がれる神の愛

ローマ5:5-8 5 そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。 6 わたしたちがまだ弱かったころ、キリストは、時いたって、不信心な者たちのために死んで下…

「わたしは死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。」

黙示録1:17-18 17 わたしは彼を見たとき、その足もとに倒れて死人のようになった。すると、彼は右手をわたしの上において言った、「恐れるな。わたしは初めであり、終りであり、 18 また、生きている者である。わたしは死んだことはあるが、見よ、世…

「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」の誤用

『ティモシー・ケラー牧師の同性愛に関する偽りの教え』や『「同性愛」という鏡に映し出されている信仰者の在り方』のような意見を書くと、必ず「裁くあなたは一体何者か」という批判を受ける。そして有名な「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石…

ポンテオ・ピラトの面前で立派な証しをなさったキリスト・イエス

Ⅰテモテ6:11-16 11 しかし、神の人よ。あなたはこれらの事を避けなさい。そして、義と信心と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求めなさい。 12 信仰の戦いをりっぱに戦いぬいて、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたは、そのために召され、多くの証人の前…

「主にあって喜びなさい」「警戒しなさい」(3)

ピリピ3:1-14 1 最後に、わたしの兄弟たちよ。主にあって喜びなさい。さきに書いたのと同じことをここで繰り返すが、それは、わたしには煩らわしいことではなく、あなたがたには安全なことになる。 2 あの犬どもを警戒しなさい。悪い働き人たちを警戒…

「主にあって喜びなさい」「警戒しなさい」(2)

ピリピ3:1-14 1 最後に、わたしの兄弟たちよ。主にあって喜びなさい。さきに書いたのと同じことをここで繰り返すが、それは、わたしには煩らわしいことではなく、あなたがたには安全なことになる。 2 あの犬どもを警戒しなさい。悪い働き人たちを警戒…

「主にあって喜びなさい」「警戒しなさい」(1)

ピリピ3:1-14 1 最後に、わたしの兄弟たちよ。主にあって喜びなさい。さきに書いたのと同じことをここで繰り返すが、それは、わたしには煩らわしいことではなく、あなたがたには安全なことになる。 2 あの犬どもを警戒しなさい。悪い働き人たちを警戒…

『ローマびとへの手紙』(38)「信仰による義認」と「聖化」

ローマ5:1-5 1 このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。 2 わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄…

「地上の報い」と「主から授けられる義の冠」

マタイ6:1-6 1 自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。 2 だから、施しをする時には、偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中です…

『ローマびとへの手紙』(37)キリストの死による贖罪

ローマ4:25 主は、わたしたちの罪過のために死に渡され、わたしたちが義とされるために、よみがえらされたのである。 「罪過」と和訳されている原語「παράπτωμα paraptōma」は、「παραπίπτω parapiptō (信仰から)離れる、(信仰を)捨てる」という…

主イエスが譬えで語る理由

マタイ13:1-17 1 その日、イエスは家を出て、海べにすわっておられた。 2 ところが、大ぜいの群衆がみもとに集まったので、イエスは舟に乗ってすわられ、群衆はみな岸に立っていた。 3 イエスは譬で多くの事を語り、こう言われた、「見よ、種まきが種…

『ローマびとへの手紙』(36)十字架の上から全能の神を見つめる

ローマ4:19-25 19 すなわち、およそ百歳となって、彼自身のからだが死んだ状態であり、また、サラの胎が不妊であるのを認めながらも、なお彼の信仰は弱らなかった。 20 彼は、神の約束を不信仰のゆえに疑うようなことはせず、かえって信仰によって強…

『ローマびとへの手紙』(35)十字架の死を通り、復活した望み

ローマ4:16-18 16 このようなわけで、すべては信仰によるのである。それは恵みによるのであって、すべての子孫に、すなわち、律法に立つ者だけにではなく、アブラハムの信仰に従う者にも、この約束が保証されるのである。アブラハムは、神の前で、わ…

主なる神の前に立つ備え

先日、隣の家のお爺さんが亡くなった。八十九歳であった。 孫に恵まれなかったせいか、私の娘を自分の孫のように愛し、まるで子供同士で無邪気に遊んでいる様子は見ていて実に微笑ましかった。典型的な収集マニアで、鉱石、古い雑誌、おもちゃ、コイン、切手…

「忘れられた女」ケトラ(3)

創世記25:1-6 1 アブラハムは再び妻をめとった。名をケトラという。 2 彼女はジムラン、ヨクシャン、メダン、ミデアン、イシバクおよびシュワを産んだ。 3 ヨクシャンの子はシバとデダン。デダンの子孫はアシュリびと、レトシびと、レウミびとである。…

目を覚まして倦むことなく

ガラテヤ2:11-14 11 ところが、ケパがアンテオケにきたとき、彼に非難すべきことがあったので、わたしは面とむかって彼をなじった。 12 というのは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、彼は異邦人と食を共にしていたのに、彼らがきてからは、割…

十字架の上で

ルカ23:32-43 32 さて、イエスと共に刑を受けるために、ほかにふたりの犯罪人も引かれていった。 33 されこうべと呼ばれている所に着くと、人々はそこでイエスを十字架につけ、犯罪人たちも、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。 34 その…

『ローマびとへの手紙』(31)信仰義認の必要条件

ローマ4:6-8 6 ダビデもまた、行いがなくても神に義と認められた人の幸福について、次のように言っている、 7 「不法をゆるされ、罪をおおわれた人たちは、さいわいである。 8 罪を主に認められない人は、さいわいである」。 使徒パウロはここで詩篇3…

試練の境界線

Iコリント10:13 あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。 この聖句は、多く…

『ローマびとへの手紙』(30)神から与えられる至福

ローマ4:6-8 6 ダビデもまた、行いがなくても神に義と認められた人の幸福について、次のように言っている、 7 「不法をゆるされ、罪をおおわれた人たちは、さいわいである。 8 罪を主に認められない人は、さいわいである」。 ヤコブ1:17 あらゆる良…

「悔い改めよ」

エゼキエル18:30-32 30 それゆえ、イスラエルの家よ、わたしはあなたがたを、おのおのそのおこないに従ってさばくと、主なる神は言われる。悔い改めて、あなたがたのすべてのとがを離れよ。さもないと悪はあなたがたを滅ぼす。 31 あなたがたがわた…

御子を信じる者は裁かれない。信じない者はすでに裁かれている。

ヨハネ3:16-21 16 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。 17 神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われ…

『ローマびとへの手紙』(28)キリストの義を信じることによって、律法を確立する

ローマ3:30-31 30 まことに、神は唯一であって、割礼のある者を信仰によって義とし、また、無割礼の者をも信仰のゆえに義とされるのである。 31 すると、信仰のゆえに、わたしたちは律法を無効にするのであるか。断じてそうではない。かえって、それ…

口から出て行くものは、心の中から出てくるのであって、それが人を汚すのである

マタイ15:1-20 1 ときに、パリサイ人と律法学者たちとが、エルサレムからイエスのもとにきて言った、 2 「あなたの弟子たちは、なぜ昔の人々の言伝えを破るのですか。彼らは食事の時に手を洗っていません」。 3 イエスは答えて言われた、「なぜ、あな…

『ローマびとへの手紙』(26)十字架のイエス・キリストに神の義が示されている

ローマ3:25-31 25 神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、 26 それは、今の時に、神の…

彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕く

創世記3:14-15 14 主なる神はへびに言われた、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。 15 わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、お…

真の「ツリー」

(ボローニャ市街地の中心にあるネットゥーノ広場には、毎年クリスマスツリーが飾れれる。イルミネーションは年ごとに異なるようである。) この時期、街角や広場、ショーウィンドウや家の中まで飾られるクリスマスツリー。 それを見たら思い出してほしい。…

ゴルゴタから聞こえる声

マタイ27:39-50 39 そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって 40 言った、「神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ。もし神の子なら、自分を救え。そして十字架からおりてこい」。 41 祭司長たちも同じように、律法学者…

『ローマびとへの手紙』(25)神の栄光の欠如

ローマ3:23-24 23 すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、 24 彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。 人間は本来、地上において神の栄光を顕すために、…

『ローマびとへの手紙』(23)「しかし今や」

ローマ3:19-24 19 さて、わたしたちが知っているように、すべて律法の言うところは、律法のもとにある者たちに対して語られている。それは、すべての口がふさがれ、全世界が神のさばきに服するためである。 20 なぜなら、律法を行うことによっては、…

『ローマびとへの手紙』(21)ひとりもいない。ひとりだけいる。

ローマ3:10-20 10 次のように書いてある、「義人はいない、ひとりもいない。 11 悟りのある人はいない、神を求める人はいない。 12 すべての人は迷い出て、ことごとく無益なものになっている。善を行う者はいない、ひとりもいない。 13 彼らののどは…

『ローマびとへの手紙』(19)罪びとの不真実によって、神の真実は無になるであろうか。

ローマ3:1-9 1 では、ユダヤ人のすぐれている点は何か。また割礼の益は何か。 2 それは、いろいろの点で数多くある。まず第一に、神の言が彼らにゆだねられたことである。 3 すると、どうなるのか。もし、彼らのうちに不真実の者があったとしたら、その…

誰が、どんな言葉が、

手足の指を失い、家族から見捨てられ、社会からも見放され、ハンセン病患者として隔離された半世紀に及ぶ人生に、誰が、どんな言葉が、生きる力を与えたのか。 自覚のないまま突然倒れ、検査の結果、末期の癌で余命一か月と言われ、病床で一人良心の呵責と孤…

『ローマびとへの手紙』(18)「心の割礼」「神からくる誉」

ローマ2:25-29 25 もし、あなたが律法を行うなら、なるほど、割礼は役に立とう。しかし、もし律法を犯すなら、あなたの割礼は無割礼となってしまう。 26 だから、もし無割礼の者が律法の規定を守るなら、その無割礼は割礼と見なされるではないか。 27…

誕生日に関する考察

ブラジルの南部に住む信仰者から、彼女が家族で通っている教会の情報を時々受ける。千人以上の会員がいる大きな教会で、毎週のように洗礼を受ける人がいるという。 その教会は毎年、教会の開拓者であり、現役の牧師の誕生日に感謝礼拝を行うということで、以…

『ローマびとへの手紙』(17)自己欺瞞と偽善の誘惑

ローマ2:17-24 17 もしあなたが、自らユダヤ人と称し、律法に安んじ、神を誇とし、 18 御旨を知り、律法に教えられて、なすべきことをわきまえており、 19&20 さらに、知識と真理とが律法の中に形をとっているとして、自ら盲人の手引き、やみにおる…

たとい私を信じなくても

ヨハネ10:23-25 23 イエスは、宮の中にあるソロモンの廊を歩いておられた。 24 するとユダヤ人たちが、イエスを取り囲んで言った、「いつまでわたしたちを不安のままにしておくのか。あなたがキリストであるなら、そうとはっきり言っていただきたい…

剣をとる者はみな、剣で滅びる。

マタイ26:51-54 51 すると、イエスと一緒にいた者のひとりが、手を伸ばして剣を抜き、そして大祭司の僕に切りかかって、その片耳を切り落した。 52 そこで、イエスは彼に言われた、「あなたの剣をもとの所におさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅…

ベツサイダの廃墟の石

ガリラヤ湖畔から約1.5KM離れた「Et-Tel」と呼ばれているこの場所は、福音書に登場するベツサイダの廃墟である。当時はガリラヤ湖畔に面した村で、ヘブライ語で「漁の家」という意味の「ベツサイダ」という村の名前からもわかる様に、漁業で栄えていた。 …

福音書は「贖罪」を語っていないのか(5)追記その2

イエス・キリストは罪びとを救うためにこの世に来られ、十字架の上で命を贖いの代価として捧げた。 ルカ19:10 人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである。 彼は神と人との唯一の仲介者として、そして救い主として、自分なしでは誰も救…

福音書は「贖罪」を語っていないのか(4)追記

これから追記として書く内容は、大局的に見れば(1)(2)(3)で扱った内容よりもさらに重要な要素である。その要素とは、イエス・キリストと使徒パウロの本質的な違いである。 イエス・キリストの宣教における贖罪論を否定する人々は、贖罪論を書簡の中…

福音書は「贖罪」を語っていないのか(3)

6.使徒ペテロの証言:福音書が「贖罪」について語っておらず、イエス・キリストの教えと使徒パウロの教えは矛盾するという説について検証しているが、それが聖書の啓示とは異なることを(1)と(2)において考察した。特に(2)において、使徒パウロが…

福音書は「贖罪」を語っていないのか(2)

4.洗礼者ヨハネの証言: ヨハネ1:29;36 29 その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。 36 イエスが歩いておられるのに目をとめて言った、「見よ、神の小羊」。 「主の道を備える」という明…

福音書は「贖罪」を語っていないのか(1)

このブログに寄せられたコメントだけでなく、ブログ村などにおいても、『福音書には「贖罪」という概念がなく、イエスはそれを教えていない。「贖罪論」を取り入れたのはパウロである。』という説を説く人々がいる。そのような観点から、本来聖書には存在し…

『ローマびとへの手紙』(15)「為すべからざる事を自ら行っているのに、同じことを行っている他人を裁く」偽善

ローマ2:1-11 1 だから、ああ、すべて人をさばく者よ。あなたには弁解の余地がない。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている。さばくあなたも、同じことを行っているからである。 2 わたしたちは、神のさばきが、このような事…

万人救済の福音の検証(7)怒りを下す神は、不義であると言うのか。

ローマ3:5-6 5 しかし、もしわたしたちの不義が、神の義を明らかにするとしたら、なんと言うべきか。怒りを下す神は、不義であると言うのか(これは人間的な言い方ではある)。 6 断じてそうではない。もしそうであったら、神はこの世を、どうさばかれ…

生きているようで実は死んでいる花嫁

(ソース:These Examples Of Victorian Post-Mortem Photography Are Unsettling.) この結婚式の準備で忙しくてほとんど寝ていないかのように見える花嫁の写真は、実はビクトリア時代に一般的に行っていた「故人の記念写真」の一例である。まるで生きてい…

『ローマびとへの手紙』(13)神による放棄

ローマ1:24-32 24 ゆえに、神は、彼らが心の欲情にかられ、自分のからだを互にはずかしめて、汚すままに任せられた。 25 彼らは神の真理を変えて虚偽とし、創造者の代りに被造物を拝み、これに仕えたのである。創造者こそ永遠にほむべきものである、…

その人はずっと私を待っていた

無責任な言動で、 弱きものを死に追いやり、 「ごめんなさい」も言えない卑劣さは、 自暴自虐に逃げ込んだ。 新地の光も、 偉人の知恵も、 肉の悦びも、 自傷の痛みも、 汚物にまみれた地下室の 扉を開けることはできなかった。 その人は入ってきた。 扉は固…

『ローマびとへの手紙』(12)弁解の余地のない者を弁明する「キリストの血」

ローマ1:18-25 18 神の怒りは、不義をもって真理をはばもうとする人間のあらゆる不信心と不義とに対して、天から啓示される。 19 なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。 20 神の見…